1754年から1763年にかけて、ルイジアナはフランスからスペインへと譲渡されました。この歴史的な転換をもたらしたのは、北米植民地では「フレンチ・インディアン戦争」としても知られる七年戦争です。
七年戦争とルイジアナの運命
七年戦争は、イギリスとフランスという二大植民地帝国が北米の覇権をめぐって争った大規模な紛争でした。フランスとその同盟者である先住民族諸部族は当初有利に戦いを進めていましたが、次第にイギリス軍に圧倒されていきます。1759年のケベック陥落、そして1760年のモントリオール降伏により、ヌーベルフランス(カナダ)の防衛は事実上崩壊しました。
戦争で敗北したフランスは、広大な北米領土を失うことになります。しかし、ルイジアナについては、同盟国スペインとの密かな取引によって処理されることとなりました。
フォンテーヌブロー条約による譲渡
1762年11月3日、フランス王ルイ15世は、従弟にあたるスペイン王カルロス3世との間で「フォンテーヌブロー条約」を締結し、ミシシッピ川以西のルイジアナをスペインに譲渡しました。これは、戦争中にスペインがイギリスにフロリダを奪われたことへの補償として行われたものです。
興味深いことに、この条約は秘密裏に結ばれ、正式に公表されたのは1764年になってからでした。また、翌1763年に締結されたパリ条約では、フランスはミシシッピ川以東の領土をイギリスに割譲しています。こうして、フランスによるルイジアナ支配はついに幕を閉じたのです。
その後のルイジアナ
スペインの統治下に入ったルイジアナですが、1800年のサン・イルデフォンソ条約で一時的にフランスへ返還されます。しかし、ナポレオンは1803年にこの広大な領土をアメリカ合衆国へ売却しました(ルイジアナ買収)。これにより、ルイジアナは最終的にアメリカの一部となり、今日に至っています。