南アメリカの歴史

米国の封じ込め政策を立案したのは誰?その答えと歴史的背景を解説

答え:ジョージ・F・ケナン(George F. Kennan)

米国の対ソ「封じ込め(コンテインメント)政策」の計画を起草した人物として正解とされるのは、アメリカの外交官・歴史家であるジョージ・F・ケナンです。彼は冷戦初期のアメリカ外交戦略に決定的な影響を与えた、いわば封じ込め政策の生みの親といえます。

モスクワからの「長文電報」

1946年2月、当時モスクワの米国大使館に勤務していたケナンは、後の「長文電報(Long Telegram)」として知られる電報をワシントンへ送りました。この中で彼は、ソ連の共産主義イデオロギーと西側の民主主義的価値観は本質的に相容れないと分析し、ソ連の膨張に対して軍事衝突ではなく政治的・経済的な手段によって長期的に対抗すべきだと主張しました。

封じ込め政策の提唱

ケナンの考えの中核は、「ソ連の拡張主義的な圧力は、反共勢力が維持できるあらゆる場所で断固として阻止されなければならない」というものです。この発想こそが、その後数十年にわたる米国の冷戦外交の基本方針となる封じ込め政策(containment)の原型となりました。

1947年には、国務長官ジョージ・マーシャルのもとで国務省政策企画本部の初代部長に就任したケナンは、自らの構想を実務レベルで具現化していきます。同年7月には「X」というペンネームで雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に論文「ソ連行動の源泉(The Sources of Soviet Conduct)」を発表し、封じ込め政策の理論的根拠を広く世間に示しました。

ケナンの遺した影響

ケナンの戦略思想は、マーシャル・プラン(ヨーロッパ復興計画)やトルーマン・ドクトリンなど、戦後アメリカの主要な外交政策に直接反映されました。東西冷戦の構図を形づくった知的基盤の一つが、モスクワから送られた一通の電報と、一人の外交官の鋭い分析にあったという点で、ケナンの功績は現代国際関係史において特筆に値するものです。