南アメリカの歴史

ロバート・グールド・ショーとハーバード大学|在学期間と中退の理由、その後の人生

ロバート・グールド・ショーは、ハーバード大学の学部課程にあたるハーバード・カレッジに在籍していました。ただし、同校を卒業しておらず、学位を取得する前に退学しています。厳密に言えば、彼が通ったのは大学院ではなく、ハーバード大学の学部組織であるハーバード・カレッジです。

ハーバード・カレッジでの学生時代

ショーはボストンの裕福な奴隷制廃止論者の家庭に生まれ、1856年にハーバード・カレッジへ入学しました。1860年卒業予定のクラスに所属していましたが、1859年に卒業を待たずして退学することになります。当時のアメリカ東部の名門子弟にとってハーバード進学はごく自然な道であり、ショーもまたエリート教育を受けるはずでした。

退学の理由は南北戦争への従軍

ショーがハーバードを去ることになった大きな転機となったのが、アメリカ南北戦争(1861年〜1865年)の勃発です。彼は北軍(ユニオン軍)に志願し、当初はニューヨーク第7民兵連隊に、その後はマサチューセッツ第2歩兵連隊に加わり、前線で戦いながら頭角を現していきました。

第54マサチューセッツ連隊の指揮官として

1863年、ショーは大佐に昇進し、アフリカ系アメリカ人兵士で構成された北軍初の公式部隊の一つである第54マサチューセッツ義勇歩兵連隊の指揮官に任命されました。同年7月18日、サウスカロライナ州ワグナー要塞への突撃作戦の最前線で戦死し、25歳という若さで生涯を閉じました。彼の犠牲は、黒人兵士の勇気と貢献を世間に認めさせる重要な契機となりました。

後世に残した足跡

ショーの功績は今日も語り継がれています。ボストン・コモンには彼と第54連隊の兵士たちを讃える記念碑(彫刻家オーガスタス・セント=ゴーデンズ制作)が建立され、1989年の映画『グローリー』ではマシュー・ブロデリックが彼を演じ、その生涯が広く知られるようになりました。

まとめ

ロバート・グールド・ショーは、ハーバード大学の学部であるハーバード・カレッジに在籍したものの、卒業を果たさないまま南北戦争に身を投じた人物です。ハーバードでの学びよりも歴史の轍を選んだ彼は、黒人部隊の指揮官として米国史上特別な位置を占める存在となりました。