「征服者」の異名を持つオスマン帝国のスルタン、メフメト2世(ファーティフ・メフメト)が征服した都市は、コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)です。1453年、当時21歳の若きスルタンであったメフメト2世は、この東ローマ(ビザンツ)帝国の首都に対して大規模な攻撃を仕掛けました。
53日間に及ぶ包囲戦の末に陥落
1453年4月から始まった包囲戦は、実に53日間にもわたって続きました。メフメト2世は当時世界最大級の巨砲を投入し、さらに艦船を陸路で引きずり金角湾へ移動させるという前例のない作戦を実行するなど、圧倒的な兵力と卓越した戦略によって城壁の守りを突破しました。
そして1453年5月29日、千年以上の歴史を誇る帝都はついに陥落。最後の皇帝コンスタンティノス11世は戦死し、ここに東ローマ帝国は滅亡しました。
歴史を変えた征服がもたらしたもの
この征服は単なる一都市の陥落にとどまらず、世界史における大きな転換点となりました。
- ビザンツ帝国の終焉とオスマン帝国の台頭: 古代以来続いたローマ帝国の系譜が断たれ、オスマン帝国が地中海世界の覇権を握る時代が幕を開けました。
- 首都としての再出発: メフメト2世はこの地を帝国の新たな首都と定め、後に「イスタンブール」として知られるようになる都市へと生まれ変わらせました。
- ヨーロッパへの影響: 東西交易路の変化は、やがて大航海時代の到来を促す一因となったとも言われています。
まとめ
メフメト2世が征服したのは、東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルです。1453年のこの出来事は中世と近世を分ける画期となり、オスマン帝国が大国として君臨する新たな時代の幕開けを象徴する出来事として、今日も語り継がれています。