大西洋奴隷貿易における奴隷の主な出身地
大西洋を横断する奴隷貿易(トランスアトランティック・スレーブトレード)で新大陸へ連れて行かれた奴隷の大多数は、西アフリカ出身でした。16世紀から19世紀にかけて続いたこの貿易では、数百万人規模のアフリカ人たちが故郷から強制的に引き離され、南北アメリカ大陸へと運ばれていきました。
「奴隷海岸」と呼ばれた中心地域
中でも最も多くの奴隷が送り出されたのが、現在のベナンとナイジェリア南部にあたる「奴隷海岸(Slave Coast)」と呼ばれる地域です。この名称は、ヨーロッパの商人たちが奴隷取引の主要な拠点としてこの沿岸部を頻繁に訪れたことに由来しています。
「奴隷海岸」に次いで多くの奴隷を供給したのは、以下の地域です。
- 黄金海岸(Gold Coast):現在のガーナに位置し、金の産地としても知られた地域
- ビアフラ湾(Bight of Biafra):現在のナイジェリア東部からカメルーン沖に広がる海域周辺
その他の供給地域
西アフリカ以外にも、奴隷貿易の対象となった地域は広範囲に及びました。主なものとしては、中央アフリカ(コンゴ、アンゴラ)、東アフリカ(モザンビーク、タンザニア)、さらにインド洋の島であるマダガスカルなどが挙げられます。これらの地域から捕らえられた人々も、海路で大西洋航路に組み込まれていきました。
まとめ
大西洋奴隷貿易の奴隷供給は西アフリカ、とりわけ「奴隷海岸」「黄金海岸」「ビアフラ湾」周辺が中心でしたが、実際にはアフリカ大陸の広い範囲が巻き込まれた、歴史上最大級の強制移住となりました。この歴史を正しく理解することは、現代の社会問題を考える上でも重要です。