1941年6月、フランクリン・D・ルーズベルト大統領は「大統領令8802号(Executive Order 8802)」に署名しました。この命令は、米国史上初めて連邦政府が人種差別の禁止に踏み切った歴史的な措置ですが、実はその適用範囲には重要な限界がありました。
大統領令8802号の実際の内容
しばしば誤解されますが、この大統領令が定めたのは、国防産業および政府の職業訓練プログラムにおける人種差別の禁止でした。つまり、軍需工場などで働く機会から黒人を排除することを違法としたものの、軍隊内部の人種隔離そのものを廃止するものではなかったのです。
そのため、第二次世界大戦中も米軍では黒人兵士と白人兵士が別部隊に分けられ、訓練施設・装備・昇進の機会などにおいて深刻な不平等が続きました。有名なタスキーギ・エアメン(黒人飛行部隊)のように、劣悪な条件下でも優れた戦果を挙げた部隊が存在した一方で、多くの黒人兵士は後方支援業務に限定されていました。
なぜ軍隊内の差別は放置されたのか
ルーズベルト政権が軍隊内の人種隔離を容認した背景には、以下のような要因が挙げられます。
- 南部民主党への配慮: 当時の民主党は南部議員の支持に依存しており、軍隊の隔離撤廃に踏み切れば国内の政治的基盤が崩れる危険がありました。
- 軍首脳部の抵抗: 陸軍省の幹部の多くは黒人兵士の能力について偏見を抱いており、組織的な統合に強く反対していました。
- 戦争遂行の優先: 大戦中の部隊再編は混乱を招くとされ、「勝利が最優先」という名目で社会改革は先送りされました。
そもそも8802号自体、公民権運動家A・フィリップ・ランドルフが計画していたワシントン大行進の脅威を受けた譲歩として出されたものであり、その要求範囲は雇用差別の撤廃にとどまっていました。
軍隊の隔離が完全に廃止されたのは1948年
米軍内の人種隔離が正式に廃止されたのは、ルーズベルトの死後です。1948年7月、ハリー・S・トルーマン大統領が「大統領令9981号」に署名し、軍隊内における人種・肌の色・宗教・出身国による差別を禁止しました。その後、朝鮮戦争を通じて部隊の統合が現場レベルで進み、米軍は世界で最も早く人種統合を実現した大規模組織の一つとなりました。
まとめると、ルーズベルト大統領は8802号によって民間の国防産業における差別には一定の歯止めをかけたものの、政治的配慮と軍の抵抗を考慮し、軍隊内部の隔離問題には手をつけない道を選んだといえます。