南アメリカの歴史

W・E・B・デュボイスはなぜアメリカ黒人の展覧会を企画したのか?

W・E・B・デュボイス(W. E. B. Du Bois)が企画したアメリカ黒人に関する展覧会は、一つではありません。実に4つの博覧会で黒人展示の立案・運営を手がけています。

1. 1900年パリ万国博覧会

デュボイスは、フランスのパリで開催された1900年のパリ万国博覧会において、「アメリカ黒人展(Exhibit of American Negroes)」の責任者兼企画者を務めました。この展示では、アメリカにおけるアフリカ系アメリカ人の歴史、業績、そして社会への貢献が幅広く紹介されました。黒人の生活と文化の前向きな姿を提示することで、人種的な固定観念や偏見と闘うことが大きな目的でした。

2. 1901年チャールストン博覧会

サウスカロライナ州チャールストンで開催された1901年の博覧会では、「ニグロ・ビルディング(Negro Building)」の組織化に関わりました。アフリカ系アメリカ人の美術、工芸、歴史、教育に関する展示が中心となり、再建期(レコンストラクション)以降の黒人コミュニティが成し遂げた進歩と成果を世に示すことが狙いでした。

3. 1904年セントルイス万国博覧会

ミズーリ州セントルイスで開催された1904年の万国博覧会では、「ニグロ展示(Negro Exhibit)」の責任者を務めました。「合衆国における黒人(The Negro in the United States)」というテーマのもと、アフリカ系アメリカ人の歴史、文化、業績を包括的に紹介する構成となっていました。

4. 1913年パナマ・パシフィック国際博覧会

カリフォルニア州サンフランシスコで開催された1913年のパナマ・パシフィック国際博覧会でも、「ニグロ・ビルディング」の企画に関わりました。美術、科学、文学、教育など、さまざまな分野におけるアフリカ系アメリカ人の優れた業績が取り上げられました。

これらの展覧会が果たした意義

当時のアメリカ合衆国は、激しい差別と人種分離(ジム・クロウ法による隔離)が横行する時代でした。そうした状況の中で、これらの展覧会はアフリカ系アメリカ人の前向きなイメージを国内外に広め、人種的偏見に真っ向から挑戦する重要な役割を果たしました。

さらに、黒人の芸術家、知識人、活動家たちにとって、自らの作品や思想を発信できる貴重なプラットフォームともなり、後の公民権運動の広がりへとつながる土壌を育むことになりました。