南アメリカの歴史

トラファルガー海戦でフェデリコ・グラビナ提督の身に何が起きたのか?負傷の真相を解説

トラファルガー海戦とグラビナ提督

1805年10月21日、スペイン南岸のトラファルガー岬沖で行われたトラファルガー海戦は、ナポレオン戦争における海軍史の転換点となった決戦です。この海戦において、スペイン艦隊を指揮したのが提督フェデリコ・グラビナ(Federico Gravina)でした。

よくある誤解とは裏腹に、グラビナ提督はこの海戦で致命的な負傷を負ったわけではありませんでした。彼が乗り込んでいたのは、112門の砲を備えるスペインの戦列艦「プリンシペ・デ・アストゥリアス号(Príncipe de Asturias)」です。

英国旗艦ヴィクトリー号との衝突

戦闘中、プリンシペ・デ・アストゥリアス号は、ネルソン提督が座乗するイギリス海軍の旗艦、100門搭載の「ヴィクトリー号(Victory)」と衝突しました。この衝突により、両艦ともに深刻な損傷を受けました。当時の海戦では、こうした艦同士の接触や衝突は珍しいことではなく、激しい砲火の中で船体やマストに大きな被害が出ることは少なくありませんでした。

頭部の負傷とその後の回復

グラビナ提督自身も、飛んできた帆桁(スパー)の破片に頭部を打たれ、負傷を負いました。しかし、この怪我は比較的軽いものであり、提督は短期間で回復しています。つまり、トラファルガーの海戦そのものによって彼が重篤な状態に陥ったという事実はないのです。

このように、グラビナ提督はトラファルガー海戦において命に関わる大怪我をすることなく、頭部への軽傷のみで切り抜け、速やかに回復を果たしました。