1968年3月16日、ベトナム戦争中の南ベトナム・クアンガイ省ソンミ村(ミライ集落)において、アメリカ軍の兵士たちによって少なくとも347人のベトナム人民間人が殺害されました。この事件は「ミライ虐殺事件(ソンミ村虐殺事件)」として知られ、ベトナム戦争における最も悪名高い戦争犯罪の一つとされています。
事件の概要
当日、アメリカ陸軍第23歩兵師団(アメリカル師団)第11歩兵旅団に所属する部隊が、南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)の兵士が潜んでいるとの情報に基づき、ミライ集落への掃討作戦を実施しました。しかし、集落には武装した敵兵はほとんどおらず、住んでいたのは主に女性、子供、高齢者でした。
それにもかかわらず、ウィリアム・カリー中尉ら率いる兵士たちは、無抵抗の村民に対して発砲し、暴行や略奪を行いました。犠牲者の数は公式には347人とされていますが、実際には400人から500人に上ったとする調査結果もあります。
事件の隠蔽と暴露
アメリカ軍当局は当初、この事件を「戦闘による死者」として報告し、事実を隠蔽しようとしました。しかし、元兵士ロナルド・ライデナワーが関係者へ送った手紙がきっかけとなり、1969年11月、ジャーナリストのシーモア・ハーシュによる報道で事件は全世界に明るみに出ました。
また、現場で非武装の民間人を守ろうとしたヘリコプター操縦士ヒュー・トンプソン准尉の行動も、後に広く知られることとなりました。
事件の影響
1971年、カリー中尉は殺人罪で有罪判決を受けましたが、当初の終身刑は減刑されました。この事件の暴露は、アメリカ国内の世論に大きな衝撃を与え、ベトナム戦争への反対運動を一層強める要因となりました。