米墨戦争とは
米墨戦争(1846年~1848年)は、アメリカ合衆国とメキシコの間で勃発した大規模な武力紛争です。テキサスの帰属をめぐる対立を発端として始まり、最終的にメキシコが国土の半分以上を失うという結果に終わりました。
戦争の原因
テキサス併合
1845年、アメリカ合衆国は、メキシコが自国領土であると主張していたテキサス共和国を併合しました。この併合こそが、戦争勃発の最大の引き金となりました。
曖昧だったテキサスとメキシコの国境
テキサスとメキシコの間の国境線は明確に定められておらず、両国の主張が食い違っていたため、度重なる摩擦と緊張状態が続いていました。
アメリカの西進政策
当時のアメリカは「マニフェスト・デスティニー(明白な天命)」と呼ばれる思想のもと、太平洋岸まで領土を拡大しようとしていました。この拡張主義的な姿勢が、メキシコとの衝突を避けられないものにしていきました。
戦争の主な経過
ザカリー・テイラーの侵攻(1846年)
1846年、ザカリー・テイラー将軍率いるアメリカ軍がメキシコ領内に侵攻し、係争地となっていたテキサス周辺の地域を確保しました。
パロ・アルトの戦い(1846年5月8日)
開戦後初となる本格的な会戦がパロ・アルトで行われ、アメリカ軍が勝利を収めました。
レサカ・デ・ラ・パルマの戦い(1846年5月9日)
翌日のこの戦いでもアメリカ軍が勝利し、メキシコ軍は撤退を余儀なくされました。
メキシコシティの占領(1847年9月)
1847年9月、アメリカ軍はついに首都メキシコシティへ入城し、同市を占領しました。首都の陥落により、メキシコは講和を受け入れるほかない状況へ追い込まれました。
グアダルーペ・イダルゴ条約による戦争終結
1848年2月、両国は「グアダルーペ・イダルゴ条約」に調印し、戦争は正式に終結しました。この条約によってもたらされた主な結果は以下の通りです。
- 広大な領土の割譲: メキシコは国土の半分以上をアメリカ合衆国へ割譲しました。現在のカリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、さらにコロラド州とワイオミング州の一部が含まれます。
- リオ・グランデ川の国境化: リオ・グランデ川がアメリカとメキシコの国境として正式に定められました。
- 対価としての支払い: アメリカは割譲された領土の代償として、メキシコに1,500万ドルを支払いました。
米墨戦争の結果、アメリカは一気に大陸国家への道を進みましたが、一方のメキシコは国土の大半を失う深刻な打撃を受けました。また、新たに獲得した領土における奴隷制の是非をめぐる論争は、のちの南北戦争の遠因ともなったとされています。