中国の文化大革命は、「四人組(ギャング・オブ・フォー)」の逮捕をもって即座に終わったわけではありません。文化大革命は1976年、毛沢東の死去、そしてその後に続く鄧小平の権力掌握によって、正式に幕を閉じたとされています。
「四人組」とは何者だったのか
「四人組」とは、文化大革命期に大きな力を持った急進派指導者4人からなるグループです。メンバーは以下の通りです。
江青(こうけい)――毛沢東の妻
張春橋(ちょうしゅんきょう)――政治局常務委員
姚文元(ようぶんげん)――急進派のジャーナリスト
王洪文(おうこうぶん)――上海労働者革命委員会の指導者
逮捕の経緯と裁判
四人組は、1976年に毛沢東が死去してからほどなくして逮捕されました。彼らは「反革命分子」であり、国家権力の奪取を企てたとして告発され、裁判にかけられた末、長期の懲役刑を言い渡されました。
逮捕が意味したもの
四人組の逮捕は、文化大革命における急進的な段階の終結を象徴する出来事となりました。しかし、文化大革命そのものが中国社会と政治に残した傷跡は非常に深く、大規模な社会不安や経済の混乱を招いただけでなく、不信と恐怖という負の遺産を後の世代へと残す結果となりました。