ミズーリ妥協とは
ミズーリ妥協(Missouri Compromise)とは、1820年にアメリカ合衆国議会で可決された、奴隷制賛成派と反対派との間で結ばれた政治的合意です。この妥協により、ルイジアナ買収によってフランスから獲得した新たな領土における奴隷制の是非をめぐる問題が、一時的に解決されることとなりました。
ミズーリ妥協の主な内容
1. 奴隷州と自由州のバランス維持
ミズーリは奴隷州として、一方でメインは自由州として連邦に加盟することが認められました。これにより、上院における南部と北部の勢力均衡が保たれることになりました。
2. 北緯36度30分線の設定
残りのルイジアナ準州については、北緯36度30分より北の地域が自由領土(奴隷制禁止)と定められ、南側の地域では奴隷制が認められました。この緯線は、その後の奴隷制論争における重要な境界線となりました。
3. コロンビア特別区での奴隷貿易禁止
コロンビア特別区(ワシントンD.C.)においては奴隷貿易が禁止されましたが、奴隷制そのものの存続は引き続き認められていました。
ミズーリ妥協の歴史的意義と限界
ミズーリ妥協は、その後数十年にわたって北部と南部の間の平和を維持する重要な役割を果たしました。しかし、それは奴隷制問題の根本的な解決ではなく、対立を先送りしたにすぎませんでした。
そして1854年、カンザス・ネブラスカ法が可決されると、ミズーリ妥協が定めていた北緯36度30分以北における奴隷制の制限は撤廃され、新領土での奴隷制をめぐる議論が再燃しました。この対立の激化は、やがて南北戦争へとつながっていくことになります。