この質問には、歴史的事実に関する矛盾が含まれています。ポルトガル人が南米に定住したのは、スペイン人探検家たちの活動よりもかなり後のことだからです。ここでは、正確な歴史的経緯を整理して解説します。
スペインのコンキスタドールとインカ帝国の出会い
スペインの征服者(コンキスタドール)たちは16世紀に南米へ到達し、当時アンデス地方に繁栄していたインカ帝国と遭遇しました。1532年、フランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍は、インカ皇帝アタワルパを捕らえました。莫大な身代金が支払われたにもかかわらず、ピサロは翌1533年にアタワルパを処刑しました。これによりインカ帝国は事実上の支配下に置かれることになります。
ポルトガルの活動範囲はブラジル中心
一方、ポルトガル人は探検と植民地化の努力をブラジルに集中させました。1494年のトルデシリャス条約により、ブラジルはポルトガルの勢力圏として認められましたが、この地域はインカ帝国の領土には含まれていませんでした。そのため、ポルトガル人がインカの統治者と直接関わる機会はありませんでした。
まとめ
つまり、「ポルトガル人が南米に定住したとき、スペインの探検家はインカの統治者に何をしたのか」という問いの前提自体が成立しないのです。インカ帝国と接触し、皇帝アタワルパを捕らえて処刑したのはスペイン人であり、ポルトガル人は時期的にも地理的にも別の動き(ブラジルへの進出)をしていたというのが歴史の実態です。