結論から言えば、コンキスタドール(征服者)がアメリカ大陸に前哨基地や入植地を設立する権利は、現地の先住民から与えられたものではありません。彼らの活動の法的根拠となったのは、主にスペイン王室との契約とローマ教皇の勅書でした。
スペイン王室との契約「カピトゥラシオン」
15〜16世紀、コロンブスの航海以降、スペイン国王は探検家や征服者と「カピトゥラシオン(capitulación)」と呼ばれる契約を結びました。これは遠征の費用を自己負担する代わりに、発見した土地での統治権・徴税権・貴族称号などを約束するものであり、クリストファー・コロンブス自身もこの制度によって提督の地位と新発見地の総督職を保証されていました。
教皇勅書による正当化
1493年、教皇アレクサンデル6世は「インテル・カエテラ」勅書を発布し、大西洋上の一定の子午線より西で発見される非キリスト教徒の土地をスペインに与えました。これによりスペインは「異教徒の土地をキリスト教化する使命」という名目で、新大陸の領有権を主張できるようになったのです。
先住民の同意は一切なかった
しかし、こうした権利はあくまでヨーロッパ側の一方的な取り決めであり、すでにアメリカ大陸に暮らしていた先住民の合意は存在しませんでした。征服者たちは「レキシミエント(要求書)」と呼ばれる文書を読み上げることで形式的な手続きを踏んだものの、実際には暴力や強制によって支配を確立し、アステカ帝国やインカ帝国といった高度な文明をも破壊していきました。
まとめ
コンキスタドールに入植の権限を与えたのは、王室との契約と教皇勅書というヨーロッパ側の制度でした。しかし先住民にとってそれは侵略以外の何ものでもなく、この一方的な「権利」の行使こそが、南北アメリカ大、南北アメリカ大陸の歴史を根本から変えることになったのです。