ヨーロッパの歴史

パリ条約(1783年)でアメリカは土地代としていくら支払ったのか?

結論:パリ条約での土地代金の支払いはない

結論から言えば、1783年に締結されたパリ条約において、アメリカ合衆国が土地の対価として支払った記録は一切存在しません。この条約は土地の売買を目的としたものではなく、金銭のやり取りは行われませんでした。

パリ条約とはどのような条約か

1783年9月3日、イギリスとアメリカ合衆国の間でパリ条約が調印されました。この条約は、アメリカ独立戦争を正式に終結させ、イギリスがアメリカ合衆国の独立を公式に承認した歴史的な文書です。

アメリカ側からはベンジャミン・フランクリン、ジョン・アダムズ、ジョン・ジェイの3名が、イギリス側からはデヴィッド・ハートリーが署名し、両国の長年にわたる紛争に一区切りがつきました。

金銭取引ではなく領土の確定が目的

一般的に「土地を手に入れるにはお金が必要」と考えられがちですが、パリ条約の場合は事情が異なります。この条約で定められたのは、次のような内容です。

  • アメリカ合衆国の独立の承認
  • ミシシッピ川までの国境線の確定
  • アメリカがすでに実効支配していた土地への管轄権の付与

つまり、条約は新しい国家に対して、すでに保有していた土地の支配権を正式に認めたものだったのです。

なぜ支払いが発生しなかったのか

パリ条約は、戦争に勝利した結果として成立した講和条約です。アメリカは独立戦争で勝利したことで交渉の場で有利な立場にあり、イギリスは既成事実となった領土の放棄を受け入れる形となりました。

そのため、1803年のルイジアナ買収のように他国から土地を購入する場合と異なり、対価を支払う必要はなかったのです。

まとめ

パリ条約(1783年)は、アメリカ合衆国の独立を確定させた極めて重要な条約ですが、土地取得のための金銭授受は一切行われていません。条約の本質は「独立の承認」と「国境の確定」にあり、新国家がすでに掌握していた土地への統治権を国際的に認めさせるものでした。