古代ローマ共和政において、執政官(コンスル)は毎年、「執政官選挙(コムティア・コンスラリア)」と呼ばれる選挙を通じて選出されていました。この選挙は、退任する執政官が選挙実施のために特別に指名した「補充執政官(コンスル・スウフェクトゥス)」が主宰し、ローマ市街のすぐ外側に広がる野原「マルスの野(カンプス・マルティウス)」で、7月中旬に開催されるのが慣例でした。
立候補の資格
執政官に立候補するためには、以下の厳格な条件を満たす必要がありました。
- ローマ市民権を持つ男性であること
- 42歳以上であること
- 法務官(プラエトル)や上級按察官(クルル・アエディリス)など、「名誉の階梯(クルスス・ホノールム)」と呼ばれる一連の下級公職を順番に経験していること
- 直近10年以内に執政官を務めたことがないこと
これらの要件により、執政官の座は長年の行政経験を積んだ人物だけが目指せる、名誉ある頂点の地位として位置づけられていました。
投票の流れ
選挙は、候補者が自ら執政官への立候補の意思を公式に表明することから始まります。その後、候補者たちは盛んに選挙運動を展開し、公開演説や公約の提示、さらには賄賂まで用いて、有権者の支持獲得に奔走しました。
有権者は35の部族(トリブス)に分けられ、各部族が1票を投じる仕組みでした。投票は次の2段階で行われます。
- 第一段階: 各部族が、全候補者の中から2名を選びます。
- 第二段階: 各部族から最も多くの票を集めた2名の候補者が、執政官に当選したと宣言されます。
結果は主宰を務める執政官によって正式に発表され、新たに選ばれた執政官は翌年の1月1日に就任しました。こうして毎年交代する二人の執政官体制は、権力の集中を防ぐ共和政ローマの要として機能し続けたのです。