ヨーロッパの歴史

ドイツ連邦の構成:39の主権国家と4つの自由都市を徹底解説

ドイツ連邦とは

ドイツ連邦(Deutscher Bund)は、1815年のウィーン会議で設立され、1866年の普墺戦争(オーストリア・プロイセン戦争)の結果として解散した、中欧の緩やかな国家連合です。1806年に崩壊した神聖ローマ帝国の事実上の後継組織として機能し、39の主権国家によって構成されており、そのうち4つは自由都市でした。

ドイツ連邦には強力な中央政府は存在せず、各構成国が主権を保持し、フランクフルト・アム・マインに置かれた連邦議会で外交・防衛などの共通事項のみを協議する仕組みでした。以下、構成国を分かりやすく分類してご紹介します。

ドイツ連邦を構成した国家一覧

二大大国

  • オーストリア帝国 — 連邦議会の議長国を務めた盟主的存在
  • プロイセン王国 — 後にドイツ統一の中核となる軍事大国

王国

  • バイエルン王国
  • ザクセン王国
  • ヴュルテンベルク王国
  • ハノーファー王国

選帝侯国・大公国・公国などの中規模国家

  • ヘッセン選帝侯国(ヘッセン=カッセル)
  • ヘッセン大公国(ヘッセン=ダルムシュタット)
  • バーデン大公国
  • メクレンブルク=シュヴェリーン大公国
  • メクレンブルク=シュトレーリッツ大公国
  • オルデンブルク大公国
  • ブラウンシュヴァイク公国
  • ナッサウ公国
  • シュレースヴィヒ=ホルシュタイン(デンマーク王との同君連合下にあった)

小規模領邦国家

  • ザクセン=ワイマール=アイゼナハ大公国
  • ザクセン=マイニンゲン公国
  • ザクセン=アルテンブルク公国
  • ザクセン=コーブルク=ゴータ公国
  • アンハルト=デッサウ公国
  • アンハルト=ベルンブルク公国
  • リッペ=デトモルト侯国
  • シャウムブルク=リッペ侯国
  • ヴァルデック侯国
  • ロイス=グライツ侯国(長子系)
  • ロイス侯国(幼子系)
  • シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国
  • シュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯国
  • ホーエンツォレルン=ヘヒンゲン侯国
  • ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯国
  • リヒテンシュタイン公国

4つの自由都市

  • ハンブルク
  • ブレーメン
  • リューベック
  • フランクフルト・アム・マイン(連邦議会が開催された都市)

まとめ

ドイツ連邦は、オーストリアとプロイセンという二大大国を頂点に、大小さまざまな王国・公国・侯国、そして自由都市が主権を保ちながら結びついた連合体でした。この分散的な体制は民族統一の動きとともに揺らぎ、1866年の普墺戦争でオーストリアが排除されたことで連邦は解消され、1871年にはプロイセンを中心とするドイツ帝国が成立しました。