「ヨーロッパの火薬庫」とは?
「ヨーロッパの火薬庫」とは、20世紀初頭のヨーロッパにおける緊迫した政治・軍事情勢を指す言葉で、やがて第一次世界大戦(1914年〜1918年)の勃発へとつながっていきました。当時のヨーロッパは、大国同士の対立と同盟関係が複雑に絡み合い、まるで一触即発の火薬庫のように不安定な状態にあったのです。
火薬庫に関わった主な国々
この「火薬庫」の形成に関係していたのは、次のヨーロッパ諸国です。
- オーストリア=ハンガリー帝国
- ドイツ帝国
- フランス
- ロシア帝国
- イタリア王国
- イギリス
これらの国々は、三国同盟(独・墺・伊)と三国協商(英・仏・露)という二大陣営に分かれ、植民地争奪や軍拡競争を通じて対立を深めていきました。
なぜ「火薬庫」と呼ばれたのか
とりわけバルカン半島は、オーストリア=ハンガリー帝国とロシア帝国の勢力争いやスラブ民族の独立運動などが交錯する地域であり、「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれてきました。1914年に起きたサライェボ事件(オーストリア皇太子夫妻暗殺事件)が引き金となり、ここから第一次世界大戦が始まったのです。
答え:アメリカ合衆国
したがって、この中で「ヨーロッパの火薬庫」に関係のないものはアメリカ合衆国です。当時のアメリカは大西洋を隔てた北米大陸に位置し、モンロー主義のもとヨーロッパの紛争への不介入を基本方針としていたため、開戦前の欧州の緊張構造には直接関与していませんでした。
補足:アメリカの参戦について
ただし注意が必要なのは、第一次世界大戦そのものには、1917年にドイツの無制限潜水艦作戦などを背景としてアメリカも参戦している点です。つまりアメリカは「火薬庫の形成段階(開戦前の欧州情勢)」には関わっていないものの、戦争には後から加わった、という違いを押さえておきましょう。