ナチス・ドイツの宥和政策に関与した主な国々
第二次世界大戦の勃発前、ナチス・ドイツとの戦争を回避しようとする「宥和政策」が欧州の複数の国によって採られました。ここでは、この宥和政策に深く関与した主な国々を紹介します。
イギリス
ネヴィル・チェンバレン首相は、ドイツとの戦争を避けるために宥和政策を積極的に推進しました。その代表例が1938年のミュンヘン協定です。この協定により、イギリスとフランスは、ドイツによるチェコスロバキアのズデーテン地方併合を事実上容認しました。
フランス
エドゥアール・ダラディエ首相もまた宥和政策を採り、それがドイツとの戦争を回避する唯一の手段だと考えていました。彼はミュンヘン協定に同意し、ヒトラーとの交渉に尽力するチェンバレンの努力を支持しました。
イタリア
イタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニは、ナチス・ドイツの宥和において重要な役割を果たしました。彼はヒトラーの領土要求を支持し、ミュンヘン会談では調整役としても機能しました。
ソビエト連邦
ヨシフ・スターリン率いるソビエト連邦も、ナチス・ドイツとの宥和に関与しました。1939年にはヒトラー政権との間で独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ協定)を締結し、ポーランドをドイツとソ連の間で分割することに密かに合意しました。
まとめ
これらの国々は、第二次世界大戦開戦前の数年間にわたり、ナチス・ドイツに対する宥和政策に関与してきました。しかし、こうした譲歩の積み重ねは結果的にヒトラーを強気にさせ、戦争を回避するどころか、むしろ戦争勃発の可能性を高めることとなりました。