1914年に第一次世界大戦が勃発したとき、ドイツやオーストリア=ハンガリーを中心とする「中央同盟国」側につく可能性が最も高かったのは、次の2つのグループでした。
1. 中欧・東欧の民族主義者(ナショナリスト)
ロシア帝国やオーストリア帝国の支配下に置かれていた多くの民族主義者たちは、ドイツと連携することで独立への道が開けると考えていました。
- とりわけポーランド人をはじめとするスラヴ系の少数民族は、この戦争を帝国の支配から脱する絶好の機会と捉えていました。
- 彼らにとって中央同盟国の勝利は、自民族の国家建設を実現するための希望そのものだったのです。
2. オスマン帝国
もう一方の勢力が、ヨーロッパの東端に位置するオスマン帝国です。
- オスマン帝国は19世紀末以降、軍事顧問団の派遣やバグダード鉄道建設などを通じてドイツとの関係を深めており、1914年8月には秘密同盟条約を結んで中央同盟国として参戦しました。
- その背景には、ロシアの南下・拡張主義への強い警戒心と、イギリスが貿易ルートを握っていることへの不満がありました。
- ドイツ側は、戦後の領土拡大を約束する秘密条約によってオスマン帝国の協力を確保したのです。
まとめ
このように、第一次世界大戦で中央同盟国を支えたのは、「独立を夢見る被支配民族の民族主義者」と「列強の脅威に対抗したいオスマン帝国」という、それぞれ異なる動機を持つ2つのグループでした。彼らの参加は、戦争を単なるヨーロッパ内紛にとどまらない世界的な大規模紛争へと発展させる一因となりました。