ヴェルサイユ条約による植民地の喪失
第一次世界大戦に敗北したドイツは、1919年に調印したヴェルサイユ条約により、海外に有していたすべての植民地を失うことになりました。アフリカや太平洋地域で築き上げられたドイツ帝国の植民地帝国は、この条約によって事実上解体されたのです。
国際連盟の委任統治制度への移管
旧ドイツ植民地の大部分は、国際連盟の委任統治制度(マンデート制度)に基づいて処理されました。これは、当時独立する準備が整っていないとみなされた地域を、先進国が国際連盟の監督のもとで暫定的に統治するという仕組みです。
具体的には、イギリス、フランス、南アフリカ連邦、日本、オーストラリア、ニュージーランドといった戦勝国が、それぞれ旧ドイツ植民地の統治を担うことになりました。たとえば、ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア)は南アフリカ連邦の委任統治領となり、「南西アフリカ(Südwestafrika)」と呼称されました。また、太平洋の赤道以北の島々は日本が、赤道以南の島々はオーストラリアとニュージーランドがそれぞれ管理しました。
第二次世界大戦まで続いた戦勝国の支配
こうして戦勝国の手に移った旧ドイツ植民地は、両大戦間期を通じてその支配下に置かれ続けました。この状態は第二次世界大戦の勃発まで継続し、戦後には国際連盟に代わる国際連合の信託統治制度へと引き継がれていくことになります。