ヨーロッパの歴史

ビスマルクがドイツ統一のために戦争を仕掛けた3つの国とは?

オットー・フォン・ビスマルク(Otto von Bismarck)は、19世紀後半に「鉄血政策」と呼ばれる強硬な外交・軍事路線を推し進め、分裂していたドイツ諸邦を統一へと導いたプロイセンの政治家です。彼がドイツ統一を実現するために戦争を仕掛け、あるいは挑発した相手となったのは、デンマーク、オーストリア、フランスの3か国です。

1. デンマークとの戦争(1864年)

最初の戦いは、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題をめぐる対デンマーク戦争(第二次シュレースヴィヒ戦争)です。ビスマルクはオーストリアと同盟を組み、デンマークから両公国を奪取しました。この勝利により、プロイセンは北ドイツにおける影響力を大きく強めることになりました。

2. オーストリアとの戦争(1866年)

次にビスマルクが狙ったのは、ドイツ連邦内でプロイセンと覇権を争っていたオーストリアです。普墺戦争においてプロイセンはケーニヒグレーツの戦いで決定的な勝利を収め、オーストリアをドイツ諸邦の枠組みから排除することに成功しました。これにより、プロイセン主導の北ドイツ連邦が成立します。

3. フランスとの戦争(1870〜1871年)

最後の関門となったのがフランスです。ビスマルクはエムス電報事件を利用してフランスを挑発し、普仏戦争を引き起こしました。プロイセンは南ドイツ諸邦の支持を取り付けてフランスに圧勝し、1871年、ヴェルサイユ宮殿でドイツ帝国の成立が宣言されました。こうしてビスマルクは、わずか10年足らずの間に3つの戦争を通じてドイツ統一という大業を成し遂げたのです。