ヨーロッパ諸国とムガール帝国の貿易拠点
17世紀から18世紀にかけて、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランスなどのヨーロッパ諸国は、インド亜大陸に広がるムガール帝国との貿易を盛んに行っていました。彼らが主に利用した交易拠点について詳しく見ていきましょう。
スーラト(Surat)――最大の貿易港
スーラトは、ヨーロッパ諸国とムガール帝国との貿易における最重要の港湾都市でした。インド西海岸に位置し、ポルトガル人、オランダ人、イギリス人、フランス人といった各国の商人たちが集まる交易のハブとして栄えました。紅海や東南アジアへ向かう船が行き交うこの港は、「ムガール帝国の玄関口」とも呼ばれていました。
その他の主要な交易地
ベンガル地方
ヨーロッパ商人たちは、綿織物やジュート(黄麻)などの繊維製品を求めてベンガル地域にも商館を設置しました。特にフーグリー(Hooghly)やダッカ(Dhaka)の港は重要な拠点であり、高品質の木綿布はヨーロッパで高い需要を誇りました。
コロマンデル海岸
インド南東部に広がるコロマンデル海岸は、綿織物、香辛料、宝石類を求めるヨーロッパ商人たちを引きつけました。この地域は古くから海洋貿易で繁栄しており、多くの交易会社が競って商館を構えていました。
マスリパタム(Masulipatam)
コロマンデル海岸に位置するマスリパタムは、ムガール帝国期における重要な港湾都市の一つでした。織物取引の中心地であると同時に、ゴルコンダ産のダイヤモンドの積み出し港としても知られ、オランダ東インド会社やイギリス東インド会社が拠点を置いていました。
カルカッタ(Calcutta)
現在のコルカタにあたるカルカッタは、当初は小さな交易拠点にすぎませんでしたが、次第に貿易センターとしての地位を確立していきました。やがてイギリス東インド会社の統治下でベンガル湾有数の大港湾都市へと発展し、イギリス領インドの経済・政治の中心地となっていきました。
まとめ
ヨーロッパ諸国とムガール帝国の貿易は、西海岸のスーラトを中心に、ベンガル、コロマンデル海岸、マスリパタム、カルカッタなどインド各地の港湾都市で展開されていました。これらの拠点を通じて織物、香辛料、宝石などがヨーロッパへ運ばれ、世界貿易の発展に大きく寄与したのです。