1914年に第一次世界大戦が勃発した背景には、ヨーロッパ諸国間で締結された数々の条約や協定が絡み合った「同盟のもつれ」がありました。この複雑な同盟網は、各国に相互に関連し合う義務と軍事的なコミットメントをもたらし、局地的な紛争が瞬く間に全欧規模の戦争へと拡大する土壌を作り上げたのです。
二大陣営の構図
当時のヨーロッパは、大きく分けて二つの陣営に分かれていました。
三国同盟(同盟国側)
- ドイツ帝国
- オーストリア=ハンガリー帝国
- イタリア王国(1915年まで)
三国協商(協商国側)
- イギリス
- フランス
- ロシア帝国
三国協商を支えた個別の協定
露仏同盟(1894年)
フランスとロシアの間で結ばれた防御同盟です。ドイツまたはオーストリア=ハンガリーとの戦争が発生した場合、互いに軍事支援を行うことを約束しました。
英仏協商(1904年)
イギリスとフランスの間の非公式な了解事項であり、両国の外交関係を改善するとともに、植民地をめぐる対立の解消を実現しました。
英露協商(1907年)
イギリスとロシアが中央アジアにおける未解決の領土問題を整理し、外交面での協力を確認した協定です。
同盟のもつれが生んだ連鎖反応
これらの入り組んだ同盟網は、ある地域で発生した緊張や紛争が、たちまちヨーロッパ全体の戦争へとエスカレートする危険な状況を生み出していました。
実際、1914年にオーストリア=ハンガリーの皇位継承者フランツ・フェルディナント大公が暗殺されると、オーストリア=ハンガリーはセルビアに対して宣戦布告しました。セルビアを支援する立場にあり、露仏同盟によって結ばれていたロシアは、同盟上の義務から軍の動員を開始します。すると、三国同盟の一員であるドイツも、盟友オーストリア=ハンガリーを支援せざるを得なくなりました。
こうして各国の軍事動員がドミノ倒しのように連鎖し、ついには第一次世界大戦の全面勃発へと至ったのです。同盟システムが本来目的としていた「戦争の抑止」は機能せず、むしろ紛争を拡大させる要因となった点は、現代の国際関係を考えるうえでも重要な教訓といえるでしょう。