第一次世界大戦で敗戦したドイツは、1919年に調印されたヴェルサイユ条約により、国土の約13%にあたる広大な領土を失いました。これらの領土は周辺諸国へと割譲され、ヨーロッパの地図は大きく塗り替えられることになりました。
ドイツから領土を獲得した主な国
フランス
フランスは、1871年の普仏戦争でドイツ(プロイセン)に奪われていたアルザス・ロレーヌ地方を回復しました。この地域は鉄鉱石などの資源が豊富で、両国間の長年の懸案となっていました。
ベルギー
ベルギーは国境付近のオイペン・マルメディ地方を獲得しました。住民投票の結果を経て1920年に正式にベルギー領となりました。
デンマーク
デンマークは、シュレースヴィヒ地方北部の帰属を住民投票で決定した結果、北シュレースヴィヒを1920年に編入しました。これはドイツ国民の反発が比較的少なかった珍しい例です。
ポーランド
ポーランドは最も大きな領土を獲得しました。ポーゼン(ポズナン)地方や西プロイセンの大部分が割譲され、バルト海への出口「ポーランド回廊」が形成されました。この回廊によって東プロイセンはドイツ本土から分断されることになり、後の第二次世界大戦の火種の一つとなりました。
チェコスロバキア
チェコスロバキアは、ボヘミア地方東部のフルトシーン(フラニツェ)地方という小規模な領土を獲得しました。
イタリア
連合国側として参戦した見返りとして、イタリアはアルプス山脈南側の南チロル(トレンティーノ)やトリエステ、イストリア半島の一部などを獲得しました。
その他の領土変更
上記の国々以外にも重要な変更がありました。バルト海沿岸のダンツィヒ(現グダニスク)は国際連盟管理下の「自由都市」となり、メーメル(現クライペダ)も一時連合国の管理に置かれた後、リトアニアに帰属しました。また、ザール地方は15年間国際連盟の管理下に置かれ、その後住民投票で帰属が決められることになりました。
まとめ
第一次世界大戦後の領土再編は、フランス、ベルギー、デンマーク、ポーランド、チェコスロバキア、イタリアといった周辺諸国がドイツから領土を獲得する形で行われました。しかし、この厳しい処理はドイツ国内に強い不満と復讐心を残し、ナチス政権の台頭や第二次世界大戦勃発の遠因となったとされています。