レコンキスタの結果、スペインから追い出されたのは誰?
レコンキスタ(再征服運動)の結果としてイベリア半島、すなわち現在のスペインから追い出されたのはムスリム(イスラム教徒)、とりわけムーア人でした。このため、「ムーア人のレコンキスタ」という表現が使われることもあります。
レコンキスタとは何だったのか
レコンキスタとは、8世紀初頭にイベリア半島を支配したイスラム勢力に対し、キリスト教徒の諸王国が半島の奪還を目指した一連の戦争と運動の総称です。711年、北アフリカから渡来したムーア人が西ゴート王国を滅ぼして以来、半島の大部分はイスラム勢力の支配下に置かれていました。
その後、アストゥリアス王国を起点とするキリスト教勢力の反攻が数百年にわたり続けられました。1085年のトレド奪回や1212年のナバス・デ・トロサの戦いなどを経て勢力図は徐々に変化し、ついに1492年、カスティーリャ女王イサベルとアラゴン王フェルナンドの連合軍によってグラナダが陥落。ナスル朝が滅亡し、イベリア半島におけるイスラム政権は約800年の歴史に幕を下ろしました。
ムーア人とはどんな人々か
「ムーア人」とは、中世ヨーロッパにおいて北アフリカ出身のベルベル系およびアラブ系イスラム教徒を指す呼称です。彼らは先進的な建築、灌漑などの農業技術、医学や数学といった学問を半島にもたらし、コルドバやグラナダでは独自の文化が大きく花開きました。
しかし、レコンキスタ完了後、半島に残ったムスリムにはキリスト教への改宗が強制され、改宗者(モリスコと呼ばれます)でさえ1609年以降、段階的に追放されていくことになりました。
まとめ
レコンキスタによってスペイン(イベリア半島)から追い出された集団は、ムスリム、特にムーア人です。1492年のグラナダ陥落は、この長い再征服の歴史の結末を象徴する出来事といえます。