クリミア戦争(1853年〜1856年)は、ロシア帝国と、オスマン帝国・フランス・イギリス・サルデーニャ王国からなる連合国との間で戦われた国際紛争です。
サルデーニャ王国が参戦した理由
当時のイタリアはまだ統一国家ではなく、多くの国家に分断されていました。なかでもサルデーニャ王国(サルデーニャ=ピエモンテ王国)は、イタリア統一運動(リソルジメント)の中心的存在でした。
首相カヴールは、強大なオーストリアの勢力をイタリアから排除するためには列強の支持が不可欠であると考えました。そこで、フランス皇帝ナポレオン3世の信頼と援助を得ることを目的として、クリミア戦争へ派兵したのです。
参戦の成果
サルデーニャ王国の参戦は外交的に大きな成功をもたらしました。1856年のパリ講和会議において、カヴールは「イタリア問題」を国際的な議題として取り上げることができました。
この積み重ねにより、サルデーニャ王国は1859年の第二次イタリア独立戦争(対オーストリア戦争)でフランスの軍事援助を獲得し、イタリア統一への道を大きく前進させることとなりました。