古代ローマの軍隊を指揮したのは誰?
古代ローマ共和国において、軍隊の指揮権は選挙で選ばれた公職者たちが握っていました。その中心となったのが「コンスル(執政官)」と「執政官権限を持つ軍事護民官」という、二つの軍事マギストラトゥス(軍務官)と呼ばれる公職です。
コンスル(執政官)――ローマ軍の最高司令官
コンスルは共和政ローマにおける最高位の公職で、毎年2名が民会の選挙によって選ばれました。任期はわずか1年間で、王政時代の王の権力を二人で分割することにより専制を防ぐ仕組みになっていました。
コンスルは平時には国家の政治を統括する一方、戦時には軍隊の総司令官として自ら前線に赴き、軍団を直接指揮しました。両名が同時に軍を率いる際には、日ごとに指揮権を交代したり、くじ引きや協議で担当戦域を分担したりするなど、指揮権の衝突を避けるための工夫がなされていたことも知られています。
執政官権限を持つ軍事護民官とは?
もう一つの重要な公職が、執政官権限を持つ軍事護民官(トリブヌス・ミリトゥム・コンスラリ・ポテスタテ)です。紀元前445年から紀元前367年頃にかけて、平民と貴族の政治的対立を背景に、コンスルの代わりに3名から6名程度の軍事護民官が選出され、執政官と同等の軍事指揮権および行政権限を保有しました。
この制度は、平民にも最高官職への道を開く目的がありましたが、指揮系統が複数に分かれることで非効率が生じやすく、リキニウス・セクスティウス法(紀元前367年)成立後は、再びコンスル制度が軍指揮の中心へと戻っていきました。
実際の戦場での指揮系統
実戦の場では、これらの上級指揮官の下に、各軍団を率いる軍事護民官や、経験豊富な元老院議員から任命されるレガトゥス(副将)などが配置され、階層的な指揮体制が敷かれていました。また、任期満了後の前執政官がプロコンスル(前執政官)として属州の軍団を指揮することもありました。
まとめ
古代ローマの軍隊を直接指揮したのは、毎年選挙で選ばれる2名のコンスル(執政官)であり、特定の時期には彼らと同等の権限を持つ軍事護民官がその任を担いました。いずれも民会の選挙で選ばれる公職者であり、ローマの軍事力は常に民選の文民公職者を通じて統制されるという、いわゆる「文民統制」の原則に基づいて運営されていた点が最大の特徴といえます。