ヨーロッパの歴史

ナポレオン戦争と第一次世界大戦の間、ヨーロッパではどんな大きな戦争があったのか?

ナポレオン戦争(1803年〜1815年)が終結してから第一次世界大戦(1914年〜1918年)が勃発するまでの約100年間、ヨーロッパは「百年の平和」と呼ばれる比較的安定した時代を迎えたように見えます。しかし実際には、この世紀の間にも数々の重要な戦争が勃発し、ヨーロッパの勢力図を大きく塗り替える出来事となりました。ここでは、その代表的な戦争を年代順に紹介します。

クリミア戦争(1853年〜1856年)

クリミア戦争は、ロシア帝国と、オスマン帝国・フランス・イギリス・サルデーニャ王国からなる同盟との間で行われた戦争です。主な争点はクリミア半島の支配権と黒海へのアクセス権であり、衰退しつつあるオスマン帝国にロシアが南下政策を強めたことが発端となりました。看護師フローレンス・ナイチンゲールの活躍でも知られるこの戦争は、近代戦争の先駆けとも言われています。

普墺戦争(1866年)

普墺戦争は、オーストリア帝国とプロイセン王国の間で行われた戦争です。ドイツ連邦の主導権をめぐる二大国間の対立が原因となり、わずか7週間という短期間で決着したことから「七週間戦争」とも呼ばれます。この戦争に勝利したプロイセンは、オーストリアをドイツ圏の政治から排除し、翌年に北ドイツ連邦を結成する足がかりを築きました。

普仏戦争(1870年〜1871年)

普仏戦争は、プロイセン王国とフランス第二帝政の間で行われた戦争です。スペイン王位継承問題をきっかけに勃発し、プロイセン首相ビスマルクの巧みな外交も相まって、フランスはセダンの会戦で壊滅的な敗北を喫しました。この結果、プロイセンを中心としたドイツ帝国が成立し、フランスでは第三共和政が樹立されました。両国の対立はその後の欧州情勢に深い影を落とすことになります。

露土戦争(1877年〜1878年)

露土戦争は、ロシア帝国とオスマン帝国の間で行われた戦争で、主な争点はバルカン半島の支配権でした。ロシアの勝利により、ルーマニア・セルビア・モンテネグロの独立が国際的に承認され、ブルガリア自治公国が創設されるなど、バルカン半島の地図は大きく書き換えられました。

第一次バルカン戦争(1912年〜1913年)

第一次バルカン戦争は、バルカン同盟(セルビア・ブルガリア・ギリシャ・モンテネグロ)とオスマン帝国の間で行われた戦争です。バルカン半島に残されたオスマン帝国領土の帰属をめぐって戦われ、オスマン帝国はヨーロッパにおけるほぼすべての領土を失うことになりました。

第二次バルカン戦争(1913年)

第二次バルカン戦争は、第一次バルカン戦争で同盟を組んでいた国々同士が戦った戦争です。戦勝で獲得した領土、とりわけマケドニアの分配をめぐってブルガリアとセルビア・ギリシャの対立が激化しました。ブルガリアは多方面からの攻撃を受けて敗北し、バルカン地域の緊張はさらに高まりました。

まとめ

これらの戦争、とりわけバルカン半島での一連の紛争は、第一次世界大戦の直接的な背景となりました。1914年のサラエボ事件を引き金とする大戦勃発につながる各国間の緊張関係は、まさにこの時期に形成されていったのです。「平和の世紀」と呼ばれる時代であっても、ヨーロッパの覇権をめぐる駆け引きは絶えることがありませんでした。