ヨーロッパの歴史

第一次マルヌの戦いに参加した部隊と指揮官を完全解説|連合解説|連合軍とドイツ軍の布陣

第一次マルヌの戦いとは

第一次マルヌの戦いは、1914年9月にフランス北東部で行われた第一次世界大戦初期の決定的な会戦です。パリへ進撃するドイツ軍の攻勢を連合軍が食い止め、ドイツの「シュリーフェン・プラン」を事実上崩壊させたこの戦いには、フランス軍7個軍とイギリス遠征軍(BEF)、さらにドイツ軍8個軍が投入されました。ここでは、両陣営に参戦した部隊とその指揮官を詳しく見ていきます。

連合軍の布陣

フランス軍

フランス軍は総司令官ジョッフル元帥の指揮下で、以下の7個軍を西部戦線に展開しました。

  • フランス第1軍 ― オーギュスト・デュバイル将軍
  • フランス第2軍 ― エドモン・ビュア将軍
  • フランス第3軍 ― ピエール・ルフィ将軍
  • フランス第4軍 ― フェルナン・ド・ラングル・ド・カリー将軍
  • フランス第5軍 ― シャルル・ランレザック将軍
  • フランス第6軍 ― ミシェル・ジョゼフ・ムヌーリー将軍
  • フランス第7軍 ― ルイ・フランシェ・デスペレ将軍

イギリス軍

  • イギリス遠征軍(BEF) ― ジョン・フレンチ元帥

比較的小規模ながら精鋭だったイギリス遠征軍は、マルヌ川沿いでの反転攻勢において重要な役割を果たしました。

ドイツ軍の布陣

ドイツ軍は西方で8個軍を編成し、速戦即決を目指す大規模な包囲作戦を実行しました。

  • ドイツ第1軍 ― アレクサンダー・フォン・クルック将軍
  • ドイツ第2軍 ― カール・フォン・ビューロウ将軍
  • ドイツ第3軍 ― マックス・フォン・ハウゼン将軍
  • ドイツ第4軍 ― ヴュルテンベルク公アルブレヒト
  • ドイツ第5軍 ― プロイセンのヴィルヘルム皇太子
  • ドイツ第6軍 ― バイエルンのループレヒト皇太子
  • ドイツ第7軍 ― ヨジアス・フォン・ヘーリンゲン将軍
  • ドイツ第8軍 ― リヒャルト・フォン・シューベルト将軍

なお、第8軍は東プロイセン方面の防衛を担当しており、ロシア軍との戦い(タンネンベルクの戦いなど)に従事していたため、マルヌの戦場に直接投入されたわけではありません。

まとめ

マルヌの戦いは、フランス軍7個軍とイギリス遠征軍が結束し、数で優るドイツ軍の進撃を阻止した歴史的転換点です。特にパリ守備隊から再編されたムヌーリーの第6軍による側面攻撃は、「マルヌのタクシー」として知られる奇跡的な兵員輸送とともに、戦争の帰趨を大きく左右しました。この戦い以降、西部戦線は長期にわたる塹壕戦へと移行していくことになります。