ヨーロッパの歴史

1941年、ドイツ軍による2か月間の空襲が失敗に終わった標的の都市は?――その答えはリビアのトブルク

答え:リビアの港湾都市トブルク

1941年、ドイツ軍による2か月間に及ぶ空襲と包囲攻撃の標的となったのは、リビア北東部に位置する港湾都市トブルク(Tobruk)です。当時、トブルクはイギリス軍の重要な海軍基地であり、北アフリカ戦線における戦略的要衝でした。

なぜトブルクが狙われたのか

トブルクは地中海に面した天然の良港を備え、補給拠点として極めて重要な位置を占めていました。エルヴィン・ロンメル将軍率いるドイツアフリカ軍団は、この港を手中に収めることで補給線を確保し、エジプト方面への進撃を有利に進めようとしていました。

「トブルクのネズミ」と呼ばれた守備隊

しかし、オーストラリア軍を中心とする連合国軍の守備隊は頑強に抵抗し、ドイツ軍の度重なる空襲や攻撃をことごとく退けました。包囲下で持ちこたえる彼らは、自らを皮肉って「トブルクのネズミ(Rats of Tobruk)」と名乗り、その勇敢な抵抗は世界中に知られることになりました。

包囲戦の結末

トブルク包囲戦は1941年4月に始まり、同年11月末から12月にかけて連合国軍の大規模な攻勢(クロセーダー作戦)によって包囲は解かれました。激しい空襲と砲撃にもかかわらずトブルクは陥落を免れ、北アフリカ戦線における連合国軍の士気を大きく高める結果となりました。