ヨーロッパの歴史

アレクサンドロス大王が統一を目指した王国のうち、例外はどれ?

正解は「グプタ朝(グプタ帝国)」です。

グプタ朝とはどんな王朝?

グプタ朝は、西暦320年から550年頃にかけて存在した古代インドの王朝です。創始者であるシュリ・グプタが、マガダ地方(現在のビハール州)に支配権を確立したことから始まりました。

グプタ朝が最盛期を迎えたのは、チャンドラグプタ2世(在位:375年~415年)の時代です。彼は北インドの大部分を征服し、王朝の影響力をデカン高原にまで拡大させました。また、グプタ朝は古典インド文学や美術、建築の発展など、優れた文化的業績でも広く知られており、インド史上の「黄金時代」と呼ばれることもあります。

なぜグプタ朝が「例外」なのか

アレクサンドロス大王は、グプタ朝を自らの帝国に統合しようとしたことはありません。大王は紀元前327年にインドへ侵攻し、インダス川流域を征服しましたが、それ以上インド亜大陸の奥深くへ進軍することはありませんでした。

そもそもグプタ朝の成立は西暦320年であり、紀元前323年に亡くなったアレクサンドロス大王の死後、数世紀を経てから誕生した王朝です。つまり、両者が同じ時代に存在することはなく、大王がグプタ朝と関わることは歴史的にあり得なかったのです。大王自身の帝国も、彼の死後まもなく分裂・崩壊していきました。