ヨーロッパの歴史

ドイツは東からロシアに侵攻されたことがあるのか?歴史で振り返る

結論から言えば、はい、ドイツ(およびその前身であるプロイセン)は、歴史上何度も東側からロシア勢力の侵攻を受けています。陸路からの進軍だけでなく海路からの攻撃も受けたことがあり、最終的には首都ベルリンが占領された例さえあります。ただし「ロシア」と一口に言っても、時代によってロシア帝国、ソビエト連邦と主体となる国家が異なる点には注意が必要です。

七年戦争(1756年~1763年):ベルリンの一時占領

初期の代表例が七年戦争です。1760年、ロシア帝国軍とオーストリア軍の連合部隊がベルリンを一時的に占領しました。また、ロシア軍は東プロイセンを実効支配し、数年にわたり統治を行っています。

ナポレオン戦争期(1813年~1814年)

1812年のナポレオンによるロシア遠征が失敗に終わると、ロシア軍は反撃に転じ、中央ヨーロッパへと進軍しました。ライプツィヒの戦い(諸国民戦争)などの決戦を経て、現在のドイツにあたる地域が主な戦場となり、連合軍は1814年にパリへ到達します。

第一次世界大戦(1914年~1918年):東プロイセンへの侵攻

開戦直後の1914年8月、ロシア帝国軍は東プロイセンへ侵攻しました。しかしタンネンベルクの戦いなどでドイツ軍に大きな打撃を与えられず、以降は東部戦線で長く激烈な攻防が続くことになります。

第二次世界大戦(1945年):ソ連軍によるベルリン占領

最も有名かつ決定的なのが、第二次世界大戦末期の展開です。1945年初頭、ソビエト連邦の赤軍は東プロイセン攻勢やヴァイクセル=オーダー攻勢を通じてドイツ本土に侵入し、同年4月から5月にかけてのベルリンの戦いで首都を制圧しました。この結果、ナチス・ドイツは無条件降伏し、ヨーロッパでの戦争が終結しました。

補足:「バルバロッサ作戦」との混同に注意

よく混同されますが、1941年の「バルバロッサ作戦」はナチス・ドイツがソ連へ侵攻した作戦であり、侵攻の方向は逆です。ソ連によるドイツ本土への侵攻は、その4年後の1945年に行われたものです。