ヨーロッパの歴史

冷戦時代のNATOとワルシャワ条約機構――それぞれが代表した陣営とは?

冷戦時代、NATO(北大西洋条約機構)は「西側陣営」を、ワルシャワ条約機構は「東側陣営」をそれぞれ代表する軍事同盟として対立していました。

NATO:西側陣営の集団防衛同盟

NATOは1949年、アメリカ合衆国・カナダをはじめとする北米2か国と、イギリス、フランスなど複数の西ヨーロッパ諸国によって結成された集団防衛同盟です。その主な目的は、ソビエト連邦および東ヨーロッパの衛星国からの脅威に対し、加盟国が相互に安全保障を確保することにありました。同盟の中核をなすのは、加盟国の一か国への攻撃を全体への攻撃とみなすという「集団防衛」の原則です。

ワルシャワ条約機構:NATOへの対抗として誕生

一方、ワルシャワ条約機構は1955年、NATOへの対抗措置として結成されました。これはソビエト連邦と、ポーランドやハンガリーなど東ヨーロッパの7つの衛星国との間で締結された軍事同盟であり、実質的にはソ連が東側諸国の軍事力を統括する仕組みとなっていました。

冷戦の終焉と両機構のその後

1989年のベルリンの壁崩壊をはじめとする東欧革命を経て、ソビエト連邦は1991年に崩壊しました。これに伴い、ワルシャワ条約機構も同年解散を迎え、東西対立の象徴だった軍事的な二極構造は幕を下ろしました。一方のNATOは解散することなく存続し、冷戦後も加盟国を拡大しながら現在まで活動を続けています。