ヨーロッパの歴史

イギリスはいつグレートブリテンになった?「合同法」による王国統一の歴史

1707年、イングランドとスコットランドが合併し、「グレートブリテン王国(Kingdom of Great Britain)」という単一の政治体が誕生しました。この統一の根拠となったのが、両国の議会でそれぞれ可決された「合同法(Acts of Union)」です。

合同法の成立経緯

イングランド議会は1706年から1707年にかけて、スコットランド議会も1707年1月に合同法を可決しました。この法律には、イングランド王国とスコットランド王国が「グレートブリテンの名のもとに一つの王国へと統合される」ことが明記されていました。

なぜ両国は統合したのか

当時のスコットランドは、ダーリエン計画と呼ばれるパナマ植民地事業の失敗などで深刻な財政難に陥っていました。一方、イングランド側も王位継承問題への懸念を抱えており、互いの利害が一致したことで統合への機運が高まりました。こうして1707年5月1日、合同法が正式に発効し、アン女王を君主とするグレートブリテン王国が成立したのです。

その後のイギリスの変遷

1801年にはアイルランド王国との合同により「グレートブリテンおよびアイルランド連合王国」となり、さらに1922年のアイルランド自由国成立後は現在の「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」へと至ります。つまり、今日私たちが「イギリス」と呼ぶ国家の原型は、1707年のイングランドとスコットランドの統合によって形作られたのです。