アレクサンダー大王(紀元前356年〜紀元前323年)は、マケドニア王としてわずか10年余りの遠征で、当時の既知世界の大部分を征服しました。彼が打ち倒した最大の相手こそ、古代オリエントの超大国「アケメネス朝ペルシア帝国」です。本記事では、アレクサンダーが実際に征服した帝国と、その死後に誕生したヘレニズム諸国について分かりやすく解説します。
アケメネス朝ペルシア帝国
アケメネス朝は「ペルシア帝国」とも呼ばれ、古代世界最大級の帝国の一つでした。紀元前559年にキュロス2世(キュロス大王)によって建国され、紀元前5世紀のダレイオス1世の時代に最盛期を迎えます。その領土はエーゲ海からインダス川、エジプトから中央アジアにまで及びました。
アレクサンダーは紀元前334年のアジア遠征開始以降、グラニコス川の戦い、イッソスの戦い、ガウガメラの戦いといった決戦を制し、紀元前330年には都ペルセポリスを占領してアケメネス朝を滅亡させました。
エジプトの征服
エジプトは紀元前4千年紀以来続く、世界最古級の文明です。当時のエジプトはアケメネス朝の支配下にありました。アレクサンダーは紀元前332年にエジプトを征服すると、現地の人々から解放者として歓迎され、ファラオとして即位します。さらにナイル川河口に新都市「アレクサンドリア」を建設し、この都市は後に地中海世界の学術・文化の中心地へと発展しました。
アレクサンダーの死後に成立したヘレニズム諸国
しばしば混同されますが、以下の国々はアレクサンダーが征服したものではありません。これらは彼の死後、部将たち(ディアドコイ)が広大な領土を分割して築いた後継国家です。
セレウコス朝シリア
アレクサンダーの部将セレウコス1世が紀元前312年に建国した大国で、中東の大部分と小アジアの一部を支配しました。首都にはアンティオキアやセレウキアが置かれ、ヘレニズム世界の中心の一つとなります。
グレコ・バクトリア王国
紀元前250年頃、ディオドトス1世によって現在のアフガニスタンおよび中央アジアの一部に建国されたギリシア系国家です。東方への影響力を強めましたが、最終的にはクシャーナ朝などによって滅ぼされました。
インド・グリーク王国
紀元前180年頃、デメトリオス1世によって現在のパキスタンから北西インドにかけて建国されたギリシア系国家です。仏教文化との交流で知られ、ガンダーラ美術の源流の一つともされています。やがてクシャーナ朝の勢力に吸収されていきました。
まとめ
アレクサンダー大王が直接征服したのは、アケメネス朝ペルシア帝国と、その支配下にあったエジプトです。一方、セレウコス朝、グレコ・バクトリア王国、インド・グリーク王国は、彼の死後にその遺産を受け継いで成立したヘレニズム国家であり、東西文化融合という長い歴史の幕開けとなりました。