ヨーロッパの歴史

ソ連が第二次世界大戦に参戦した理由は?独ソ不可侵条約からバルバロッサ作戦までを解説

ソ連が第二次世界大戦に参戦した背景

ソ連(ソビエト連邦)が第二次世界大戦に参戦した直接のきっかけとなったのは、1939年8月にドイツとの間で締結された「独ソ不可侵条約」(モロトフ=リッベントロップ条約)です。この条約には、ポーランドやバルト三国を両国の勢力圏として分割する内容が盛られており、さらに東欧におけるソ連の領土的野心を示す秘密議定書も含まれていました。

ポーランド侵攻

1939年9月1日、ドイツがポーランドへ侵攻し、これを受けてイギリスとフランスがドイツに宣戦布告しました。その2週間後の9月17日、ソ連は独ソ不可侵条約に基づき、東側からポーランドへ侵攻します。ソ連のこの行動は西側連合国から強く非難され、国際連盟から除名される事態となりました。

フィンランドとの「冬戦争」

1939年11月、ソ連はフィンランドへの侵攻を開始しました。狙いは、フィンランドとソ連の国境付近にある狭い土地「カレリア地峡」の支配権を握ることでした。フィンランド軍は兵力で大きく劣りながらも激しい抵抗を見せ、ソ連は想定以上の損害を強いられます。最終的に1940年3月、ソ連は求めていた領土の一部を獲得する形で講和条約を締結し、戦争を終結させました。

ドイツによるソ連侵攻――バルバロッサ作戦

不可侵条約を結んでいたにもかかわらず、独ソ両国の緊張は高まり続けていました。そして1941年6月、ドイツはソ連に対する奇襲攻撃「バルバロッサ作戦」を発動します。開戦当初のソ連軍は甚大な損害を受け、撤退を余儀なくされましたが、赤軍はやがてドイツ軍の進撃を食い止め、戦局を逆転させることに成功しました。独ソ戦では2,700万人を超える犠牲者が発生しており、第二次世界大戦全体の中で最大規模の戦線となりました。

まとめ

ソ連の第二次世界大戦参戦は、ポーランドと東欧の勢力圏を取り決めた独ソ不可侵条約に端を発しています。ソ連は領土的獲得と東欧における影響力の維持を目指して動きましたが、1941年のドイツによる侵攻は戦争の大きな転換点となり、以降の長期にわたる独ソ戦は、第二次世界大戦全体の行方を大きく左右することとなったのです。