判決の要点
1919年に下されたシェンク対米国事件(Schenck v. United States)の判決において、米国最高裁判所は、国家の安全に対して「明白かつ現在の危険(clear and present danger)」をもたらすおそれのある言論については、政府が処罰できるとの判断を示しました。これは、直ちに重大な悪害を引き起こしかねない発言は、憲法修正第1条による言論の自由の保護対象外になり得るという画期的な基準でした。
事件の背景
この事件は、第一次世界大戦中の1917年に制定されたスパイ活動法(Espionage Act)に端を発します。社会党幹部のチャールズ・シェンク(Charles Schenck)らは、徴兵制度に反対するビラを配布した罪で起訴されました。被告側は、ビラの配布は憲法修正第1条が保障する言論の自由の正当な行使であると主張しました。
しかし、最高裁判所は満場一致(9対0)で有罪判決を支持。戦時中における反徴兵の呼びかけは国家の安全や軍事的な取り組みに対する実質的な脅威となり得ると認定し、政府による規制を合憲としました。
ホームズ判事の有名な比喩
裁判所意見を執筆したオリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニア(Oliver Wendell Holmes Jr.)判事は、この基準を説明する際に有名な比喩を用いました。それは、「混雑した劇場で火事だと偽って叫ぶこと」は言論の自由として保護されない、というものです。つまり、状況によっては言葉そのものが重大な危害を招く行為と同等の危険性を持つという考え方です。
判決の歴史的意義
この判決は、米国における言論の自由に関する最重要判例の一つと位置付けられています。「明白かつ現在の危険」の基準は、その後半世紀近くにわたり言論規制の合憲性を判断する指針として用いられました。
ただし、1969年のブランデンバーグ対オハイオ州事件(Brandenburg v. Ohio)では、より厳格な「差し迫った不法行為の扇動(imminent lawless action)」基準が採用され、従来の基準に取って代わられました。これにより、単に危険性があるだけの言論ではなく、実際に差し迫った違法行為を扇動する場合にのみ規制が認められるようになりました。