古代の歴史

ヒュパスピスト ― マケドニア軍を支えた精鋭歩兵部隊

マケドニア王国のピリッポス2世およびアレクサンドロス大王の軍隊において、ヒュパスピスト(hypaspistai、持盾歩兵)は軽装ながら精鋭とされる歩兵部隊でした。

ヒュパスピストの起源と編成

この歩兵部隊の正式名称は「フュパスピスタイ・トーン・ヘタイローン(hupaspistaì tỗn hetaírôn)」、すなわち「ヘタイロイ(王の親衛騎馬隊)の盾持ち」を意味します。その起源は、王の周囲に仕える貴族たちの従者にあると言われています。

ピリッポス2世による軍制改革の後、ヒュパスピストは約3,000名からなる部隊へと再編され、6つのロコス(大隊)に分割されました。紀元前330年までの間、彼らはパルメニオンの子で、フィロタスの兄弟にあたるニカノルによって指揮されました。

武装と戦場での役割

ヒュパスピストの武装は比較的簡素で軽量なものでした。主な装備は小型の盾、剣、そして短い槍です。

戦場における彼らの役割は、騎兵と重装歩兵をつなぐ「接続部」として機能することにありました。騎兵が前進する際には、ヒュパスピストが迅速かつ整然と地歩を確保し、全体の陣形を支えました。さらに、ファランクス(重装歩兵の方陣)の右翼を守る任務も担っており、これは軍内で最も名誉ある配置の一つとされていました。

王の親衛隊との関わり

王の親衛隊員はヒュパスピストの中から選抜され、特に体格の優れた者たちを集めて「王立ヒュパスピスト」の大隊が編成されました。アレクサンドロス大王の東征では、この精鋭部隊の中核となる「アゲマ」と呼ばれる選抜大隊が、数々の激戦で先頭に立って活躍したことが記録に残っています。