古代の歴史

ヘレフォード・マッパ・ムンディ:1300年頃の中世世界地図に描かれたポーランド

1300年頃に制作された貴重な古地図「ヘレフォード・マッパ・ムンディ」。700年以上前の中世の人々にとっての世界が、当時の地理学者たちによってどのように描かれていたのかを今に伝える作品です。この中世イングランドの世界地図には、ポーランドについてどのような情報が隠されているのでしょうか。そして、ヘレフォードの地図上でポーランドはどこに位置しているのでしょうか。

ヘレフォードの地図とは

いわゆる「ヘレフォード・マッパ・ムンディ」は、中世のマッパ・ムンディ(mappa mundi=世界地図)のひとつです。この種の地図は、当時知られていた世界全体を、大海原に囲まれた円形として表現する形式が特徴でした。円の中心には中東、すなわちエルサレムが置かれます。

この地図は1300年頃にイングランドで制作されたもので、作者はハルディンガムおよびラフォードのリチャード(Richard of Haldingham and Lafford)とされています。子牛の皮1枚に描かれたその大きさは158×138cmに及びます。ユネスコ「世界の記憶(Memory of the World)」に登録されていることからも、この歴史資料がいかに価値の高いものであるかがわかります。現在はイギリスのヘレフォード大聖堂に所蔵されており、地図の名称もこの町に由来しています。

ヘレフォード・マッパ・ムンディ:1300年頃の中世世界地図に描かれたポーランド

ヘレフォード・マッパ・ムンディ――1300年頃の中世世界地図

高解像度版(4606×5355ピクセル)の画像はこちらのリンクから閲覧できます。

地図の読み方

まず知っておきたいのは、現代の地図とは異なり、ヘレフォードの地図は東を上にして描かれているという点です。つまり、地図の上部にあるのは北ではなく東です。そして、エルサレムが地図のまさに中央に位置しています。

大陸の形状や縮尺は大きく歪んでおり、その輪郭はあくまで模式的なものとして捉える必要があります。地中海周辺など当時よく知られていた地域は誇張して大きく描かれる一方、ヨーロッパの縁辺部などあまり知られていない地域は平面的につぶされたり、不自然に折り畳まれたりしています。さらに、地図には神話に登場しそうな想像上の生き物が数多く描かれており、科学的な世界像というよりも、中世人の世界観そのものを映し出しています。

以下は、北が上になるように回転させた場合の地図の概観です。

ヘレフォード・マッパ・ムンディ:1300年頃の中世世界地図に描かれたポーランド

ヘレフォード地図の全体像――北を上にして回転表示した状態

ヘレフォード地図に描かれたポーランド

ここで、現在のポーランドに相当する領域が描かれた地図の一部をご紹介します。地図が制作された当時、ピャスト朝のポーランドはいわゆる「封建割拠の時代(地方分裂期)」にありました。しかし、この地図から当時のポーランドについて詳しい情報を読み取ることはできません。

そもそも、当時の地図の内容には大きな限界がありました。地図に記録された知識は、実際に当時の人々が持っていた知識からほど遠いものであり、既知の情報を完全には反映していなかったのです。言い換えれば、当時の学者たちの知識水準は、地図に描かれた内容よりも確かに高度だったと考えられます。

地図には多数の注記が書き込まれていますが、残念ながらその大部分は判読が困難です。それでも、いくつかの単語を読み取ることができました。もし他にも読み取れる箇所を見つけた方は、ぜひコメントでお知らせください。

ヘレフォード・マッパ・ムンディ:1300年頃の中世世界地図に描かれたポーランド

ポーランドが位置する部分のヘレフォード地図(拡大)

ヘレフォード・マッパ・ムンディ:1300年頃の中世世界地図に描かれたポーランド

ヘレフォード地図に見える中央ヨーロッパとポーランド周辺――読み取れた言葉や図像の一部