ケープ植民地は、1806年に現在の南アフリカにあたる地域に設立されたイギリスの植民地です。1910年の南アフリカ連邦の成立に伴い、この植民地は「ケープ・オブ・グッドホープ州」(通称:ケープ州)へと再編されました。
ケープ植民地の概要
ケープ植民地は、アフリカ大陸最南端の喜望峰周辺を中心とした地域を支配する植民地であり、インド航路の中継地点として戦略的に極めて重要な位置を占めていました。ケープタウンは良港を有し、ヨーロッパとアジアを結ぶ海上交通の要衝として栄えました。
イギリスによる占領の経緯
オランダ支配からイギリス支配へ
もともとこの地域は、1652年にオランダ東インド会社がケープタウンに補給基地を建設して以来、オランダの支配下にありました。しかし19世紀の転換期、すなわちナポレオン戦争の時代になると、情勢は大きく変化します。
イギリスは1795年にケープを初めて占領しましたが、1803年にはいったんオランダ側へ返還されました。その後、ナポレオン戦争の進展に伴い、1806年にイギリスはケープ植民地を再び占領します。そして1814年の英蘭間の条約により、ケープは正式にイギリス領として確定しました。
グレート・トレック(大移動)
イギリスの統治政策、特に英語の公用語化や奴隷制廃止などに対する不満から、オランダ系移民の子孫であるボーア人(アフリカーナー)の農場主たちは、1830年代後半以降、内陸部へと大規模な移動を開始しました。この歴史的な移住は「グレート・トレック」と呼ばれ、後にトランスヴァール共和国やオレンジ自由国といったボーア人国家の成立につながっていきます。
南アフリカ連邦への統合
1910年、ケープ植民地はトランスヴァール、オレンジ川植民地、ナタールとともに統合され、南アフリカ連邦が成立しました。これによりケープ植民地は「ケープ・オブ・グッドホープ州」となり、独立した植民地としての歴史に幕を下ろしました。