垓下の戦いが起こった日付
垓下の戦い(がいかのたたかい)は、英語では「Battle of Gaixia」または「Battle of Mount Gai」とも呼ばれる古代中国の決戦です。この戦いは紀元前202年の6月1日、または3月19日に起こったとされています。2つの日付が存在するのは、当時の中国の暦から現代の暦(ユリウス暦など)への換算方法が複数あるためです。
垓下の戦いとはどんな戦い?
垓下の戦いは、秦の滅亡後に中国の覇権をめぐって繰り広げられた「楚漢戦争」の最終決戦です。漢の劉邦(りゅうほう)率いる連合軍と、「西楚の覇王」と呼ばれた項羽(こうう)が激突しました。
劉邦は韓信(かんしん)や彭越(ほうえつ)ら有力な部将の軍勢と合流し、約30万の大軍をもって項羽を垓下(現在の安徽省霊璧県周辺とされる)に包囲しました。追い詰められた項羽軍の夜、漢軍の陣営の四方から楚の故郷の歌が聞こえてきたという逸話は、言葉通り「四面楚歌」という故事として後世に語り継がれています。兵士たちの士気が崩壊した項羽は包囲網を突破して脱出しましたが、最後は烏江のほとりで自ら命を絶ったといわれています。
歴史への影響
垓下の戦いでの勝利により、劉邦は中国全土を統一し、皇帝に即位して漢王朝を開きました。この一戦は約4年に及んだ楚漢戦争に終止符を打つとともに、その後400年以上続く漢の時代の幕開けを告げる、中国史上最大級の転換点となったのです。