古代の歴史

植民地時代の薬剤師はどんな服を着ていた?当時のアポセカリーの服装を徹底解説

植民地時代、薬剤師は「アポセカリー(apothecary)」とも呼ばれ、「ドラッギスト」や「ファーマシスト」という名称でも知られていました。彼らは自らの職業と社会的地位を反映した服装をするのが一般的でした。時代や地域によって厳密な服装規定は異なりましたが、ここでは植民地時代の薬剤師がどのような身なりをしていたのか、その全体像をご紹介します。

1. 正装(フォーマルな服装)

薬剤師は当時の他の専門職と同様に、きちんとした正装を着用していました。

男性の場合: ニーブリーチーズ(膝丈のズボン)、ウェストコート(チョッキ)、そして裾の長いテールコートを組み合わせた服装が典型的でした。18世紀には、専門職としての威厳を示すために白い粉をつけたかつら(ウィッグ)を着用することも珍しくありませんでした。

女性の場合: 女性の薬剤師は少数派でしたが確かに存在し、精巧に仕立てられたビスチェ(胸衣)とスカートを組み合わせたドレスを着用していました。

2. 実用的な作業着

調剤業務の現場では、実用性を重視したアイテムが活躍していました。

エプロン: 薬液のこぼれや染みから衣服を守るため、革やキャンバスなど耐久性の高い素材で作られたエプロンを着用するのが一般的でした。

作業着(スモック): 様々な薬材や化学物質を扱う仕事だったため、衣服を汚さないよう、上から作業着やスモックを羽織ることもありました。

頭部覆い: 衛生環境を維持し、髪の毛が調剤中の薬に入り込まないようにするため、キャップやスカーフ(頭巾)を着用することもありました。

3. 小物・携帯品

腰袋(ウェストポーチ): 錠剤箱、乳鉢、乳棒といった業務に不可欠な道具を持ち運ぶため、腰に小袋やサッチェルを提げていました。これにより、店先での調剤や往診の際にも必要な道具をすぐに取り出せました。

地域や時代による違い

こうした服装の習慣は、植民地の地域や時代によって大きく異なっていた点に注意が必要です。植民地が発展し、新しい流行が海を越えて伝わるにつれて、薬剤師の服装も時代のファッションを反映しながら変化していきました。つまり、植民地時代の薬剤師の身なりは、職業的な実用性と当時の社会的な格式の両方を映し出していたのです。