古代の歴史

オサマ・ビンラーディンはなぜツインタワーを襲ったのか?9.11同時多発テロの動機と背景

9.11同時多発テロ――何が起きたのか

2001年9月11日、19人のハイジャック犯が民間旅客機4機を乗っ取り、ニューヨークの世界貿易センター(通称:ツインタワー)とワシントンD.C.のペンタゴン(米国防総省本庁舎)に突入させました。残る1機は乗客の抵抗によりペンシルベニア州の野原に墜落しています。この一連の攻撃では約3,000人が犠牲となり、数十億ドル規模の損害と、世界情勢を根本から変えるほどの衝撃をもたらしました。

首謀者として特定されたオサマ・ビンラーディン

攻撃を実行したのは、アフガニスタンを拠点とする国際テロ組織「アルカイダ」です。指導者だったオサマ・ビンラーディンは、作戦を自ら直接実行したわけではありませんが、計画を承認し、資金援助や訓練などの組織的支援を提供したことが、米政府の調査委員会「9.11委員会」の報告書で認定されています。作戦の具体的な計画立案を主導したのは、後に逮捕されたハリド・シェイク・モハメド(KSM)ですが、ビンラーディン自身も後年の声明や映像の中で、アルカイダによる犯行であることを認めています。

なぜアメリカを標的にしたのか――ビンラーディンの動機

ビンラーディンがアメリカを敵視するに至った背景には、主に次のような要因があります。

  • サウジアラビアへの米軍駐留:1990年の湾岸危機以降、イスラムの聖地を抱えるサウジアラビアに米軍が駐留したことを、彼は重大な宗教的問題と捉えました。
  • 中東政策への強い反発:米国によるイスラエル支持やイラクへの経済制裁など、中東における米国の外交政策がイスラム世界を抑圧していると主張しました。
  • 対米「聖戦」の思想:「イスラム圏から外国勢力を排除する」という名目のもと、武装闘争=ジハードを正当化し、大規模な対米攻撃へと傾斜していきました。

攻撃の実行と甚大な被害

ハイジャック犯19人は、あらかじめ米国内で飛行訓練を受けており、当日は4機の旅客機を次々と制圧しました。ツインタワーには2機が相次いで激突し、両棟とも崩壊。ペンタゴンにも1機が突入しました。民間人を含む約3,000人が命を落とし、米国史上最悪のテロ被害となりました。

その後の顛末――潜伏と最期

攻撃を受けた米国は、アルカイダの引き渡しを拒んだアフガニスタンのタリバン政権に対して軍事介入を開始し、「対テロ戦争」の幕が開かれました。ビンラーディンはその後約10年間潜伏生活を続けましたが、2011年5月、パキスタンのアボタバードにある隠れ家を米軍特殊部隊が急襲し、殺害されました。

まとめ

9.11同時多発テロは、オサマ・ビンラーディン率いるアルカイダが、中東における米国の政策への敵意を背景に計画・実行した大規模テロです。作戦の細部を設計したのはKSMでしたが、組織の最高指導者としてビンラーディンが計画を承認し、資金と支援を供給したことが調査で明らかになっています。この事件は、その後の国際政治と世界の安全保障のあり方を一変させる転換点となりました。