古代の歴史

新石器時代の大集落カタルホユクにあった9つの専門職|町民の暮らしと仕事を徹底解説

現在のトルコ、コンヤ平野に位置するカタルホユク(Çatalhöyük)は、紀元前7500年頃から約2000年間にわたって栄えた新石器時代の大規模集落です。推定人口は数千人規模に達したともいわれ、ユネスコの世界遺産にも登録されているこの遺跡からは、住民たちが多様な専門的な仕事に従事していたことがわかっています。ここでは、カタルホユクで見られた代表的な9つの仕事を紹介します。

1. 農耕民

カタルホユクの人口の大多数を占めていたのが農耕民です。彼らはオオムギ、コムギ、ヒトツブコムギ、ライムギなどのさまざまな穀物を栽培し、共同体の食料基盤を支えていました。安定した農業こそが、この大規模集落が成立し、長く維持される最大の要因となりました。

2. 狩猟採集民

男性も女性も、狩猟や採集に携わり、農作物だけでは足りない食料を補っていました。狩猟の対象となったのはシカ、ガゼル、オーロックス(野生牛)などの動物で、肉だけでなく骨や角、皮も道具や衣類の材料として活用されました。また、野草、果実、木の実の採集も重要な食料源でした。

3. 屠畜・解体の担い手

動物を屠殺し、肉を食用として調理・保存できる状態に加工するのは、熟練した技術を要する仕事でした。専用の石器を使って効率よく動物を解体し、肉を調理用や貯蔵用に適した形に仕上げる役割を担う人々がいました。

4. 工芸職人

カタルホユクは高度な工芸技術でも知られています。土器作り、織物、道具製作など、それぞれの分野に特化した職人たちが活躍していました。彼らが作った土器、布地、石製・骨製の道具は、集落の人々の日常生活を支える不可欠な品々でした。

5. 彫刻家

熟練した職人は、人や動物をかたどった小像を中心に、さまざまな芸術作品や象徴的な物体を作り出していました。これらの彫刻は文化的・儀式的に重要な意味を持つものであり、当時の人々の精神世界を今に伝える貴重な資料となっています。有名な「座る女性像」などは、母神信仰との関連が指摘されています。

6. 建築職人

カタルホユクは独特な建築様式で有名です。通りを持たず、家々が壁を共有して密集する街並みは、屋根から出入りする構造が特徴でした。こうした日干しレンガ造りの建物群を計画・建設するには、構造設計や施工方法に関する深い知識が必要であり、それを担う専門的な建築職人が存在していたと考えられています。

7. 儀式の専門家

集落の中には、儀式の専門家やシャーマンの役割を担う人々もいました。彼らは宗教的な儀礼や行事を執り行い、共同体の精神的・文化的な生活において重要な役割を果たしていました。壁面に描かれたフレスコ画や、牛の頭部を飾ったブクロクラニアが施された部屋は、そうした儀式の場だった可能性があります。儀式の専門家は社会の中で高い地位を占めていたと考えられます。

8. 交易商人

長距離交易を示す決定的な証拠は限られているものの、遺跡からは黒曜石や貝殻など、周辺地域由来の資料が出土しています。このことから、近隣の集落と資源や物品、情報を交換する交易を専門とする人々がいたと考えられています。

9. 薬草師・治療師

薬用植物や治療技術に関する知識を持つ人々も存在しました。彼らは病気やけがの治療において重要な役割を果たし、共同体の健康を守る上で欠かせない存在でした。

まとめ:厳格ではなく柔軟な分業

注目すべきは、カタルホユクにおける職業分化が厳密に固定されていなかったという点です。多くの人々が複数の技能を身につけ、農作業と工芸、狩猟と建築などを兼ねながら、集落の繁栄に貢献していました。この柔軟な分業体制こそが、数千年にわたりこの巨大集落を支え続けた原動力だったといえるでしょう。