キルトはスコットランドを象徴する伝統衣装であり、その歴史は16世紀にさかのぼります。本記事では、キルトの起源から現代に至るまでの変遷を、時代ごとにわかりやすく解説します。
キルトの初期の起源
キルトは、スコットランドの男性や女性が着用する膝丈の衣服です。最も古い記録は、1598年にイギリス人旅行者ファインズ・モリソンが著した書物に見られます。彼は「ベルテッド・プレイド(belted plaid)」と呼ばれる衣服について言及しており、これは大きな布を体に巻きつけ、ベルトで固定するスタイルのものでした。この初期のキルトは主にウールで作られ、スコットランドのハイランド(高地)とローランド(低地)の双方で着用されていました。
グレートキルト(feileadh mòr)
グレートキルトは、ゲール語で「フェリャ・モー(feileadh mòr)」とも呼ばれ、現代のキルトの前身となる衣服です。全身を覆うほどの大きな布でできており、体に巻きつけてベルトで留めるほか、肩にマントのように掛けて防寒具としても使えました。保温性と耐候性に優れていたため、ハイランドの人々は屋外での労働や旅の際に重宝していました。
近代キルトの誕生
現在私たちが知る形のキルトは、18世紀に登場しました。スコットランドの繊維産業に携わっていたイギリス人実業家トーマス・ローリンソンが、グレートキルトを膝丈まで短くし、より実用的で動きやすい衣服へと改良したのが始まりとされています。この新しいキルトは、イギリス陸軍のハイランド連隊の間で急速に普及し、やがて一般市民にも広まって、スコットランドのアイデンティティの象徴となりました。
タータンと模様の意味
キルトに欠かせないのが、タータン(プレイド)と呼ばれる格子状の模様です。タータンは、色の異なる帯が縦横に繰り返される織物で、それぞれのパターンが特定の氏族(クラン)、家族、あるいは地域と結び付けられています。タータン柄のキルトを身にまとうことは、自分の出自や文化的アイデンティティを表す大切な手段となりました。
キルト禁止令とその撤廃
18世紀、イギリス政府は反乱を起こしたハイランドの氏族を統制する一環として、伝統衣装の着用を制限しようとしました。1746年に制定された「服装法(Dress Act)」は、「武装解除法」としても知られ、キルトをはじめとするハイランドの伝統衣装の着用を禁じました。この禁止令は30年以上にわたって続き、最終的に撤廃されました。
現代におけるキルト
今日、キルトはスコットランドのみならず世界中で、スコットランドの遺産と文化の象徴として愛されています。結婚式やハイランドゲームズなどの格式ある場面で正装として着られるほか、カジュアルウェアとして日常に取り入れる人も増えています。数百年の歴史を持つキルトは、今なお進化を続ける、スコットランドの豊かな伝統を体現する象徴的な衣服なのです。