古代の歴史

インドのRSS創設者ヘッジワールはアーリヤ・サマージ派だったのか?

はい、インドの民族主義組織「ラーシュトリヤ・スワヤムセヴァク・サング(RSS)」の創設者であるケシャブ・バリラーム・ヘッジワールは、アーリヤ・サマージ派の信者でした。アーリヤ・サマージとは、19世紀後半にスワーミー・ダヤーナンダ・サラスワティによって創設されたヒンドゥー教改革運動です。ヘッジワールは1889年、マラーティー語圏のブラーマン(バラモン)の家庭に生まれ、幼い頃からアーリヤ・サマージの教えに触れて育ちました。社会改革、スワデーシー(国産品愛用・自給自足)、そしてヴェーダ文化の復興を重視する同運動の思想に、彼は深く感化されました。

アーリヤ・サマージとの関わり

若き日のヘッジワールはアーリヤ・サマージ運動の積極的なメンバーとなり、さまざまな社会活動や宗教活動に参加しました。特に彼の心をつかんだのは、カースト差別への批判と、統一されたヒンドゥー社会の実現という理念でした。ヒンドゥー教徒の団結と社会再生を達成する唯一の道は、RSSのような強固で規律ある組織を築くことだと、彼は確信するようになりました。

RSSの創設とアーリヤ・サマージの影響

1925年、ヘッジワールはマハーラーシュトラ州ナーグプルにおいて、身体鍛錬と文化的訓練に専念する小さなボランティア集団としてRSSを創設しました。彼はアーリヤ・サマージの教えを参考にし、その多くの原則や儀礼をRSSに取り入れました。RSSは体力づくり、規律、そして国家への奉仕精神を重視するとともに、ヒンドゥー聖典や文化遺産の学習も推進していきました。

ヘッジワールは生涯を通じてアーリヤ・サマージ派としての信念を貫き、RSSをアーリヤ・サマージの理想を実現するための手段とみなしていました。RSSこそがヒンドゥー教徒を団結させ、強く自立的なインドを築く力になると信じていたのです。彼の指導のもと、RSSは小さな組織から全国規模の運動へと成長し、インドの政治と社会に大きな影響力を持つ存在となりました。

RSSとアーリヤ・サマージの違い

ただし、留意すべき重要な点があります。ヘッジワール自身がアーリヤ・サマージ派であったとしても、RSSそのものはアーリヤ・サマージの組織ではないということです。RSSは、多様なヒンドゥー教の伝統や背景を持つ人々を包含する、より広範なヒンドゥー民族主義組織です。RSSはアーリヤ・サマージといくつかの共通点を持ちますが、それと同時に独自のイデオロギーと目標を掲げているのです。