古代の歴史

トトメス1世はケルマのクシュ王宮を破壊したのか?考古学的証拠が示す真実

「破壊」を裏付ける証拠は存在しない

「トトメス1世がケルマのクシュ王宮を破壊した」という見方は、実は考古学的な裏付けを持たない通説にすぎません。現在のスーダン北部に位置する古代都市ケルマについて、ファラオ・トトメス1世(在位:紀元前1504年頃〜)による意図的な破壊を直接示す証拠は、これまでの発掘調査では確認されていません。

実際に何が起こったのか

学術的に広く受け入れられているのは、むしろ別のシナリオです。すなわち、紀元前1504年頃にエジプトがケルマを征服した後、都市は徐々に解体されていき、やがて放棄されたというものです。劇的な破壊ではなく、時間をかけた緩やかな終焉だったと考えられています。

ケルマとはどのような都市か

ケルマは、エジプトの南にあたるヌビア地方(現スーダン北部)に栄えたクシュ王国の首都です。紀元前2500年頃から紀元前1500年頃にかけて、同地域最大級の勢力として繁栄しました。巨大な日干しレンガ造りの宗教建築「デッフファ」は、この都市を象徴する遺構として知られています。

トトメス1世のヌビア遠征

新王国時代のトトメス1世は、即位後まもなくヌビアへの遠征を実施し、エジプトの支配圏を大きく南方へ拡大したことで知られます。この征服によってケルマは政治的中心地としての役割を失い、エジプトの統治下で次第に衰退していったとみられます。

まとめ

結論として、ケルマの運命を語る際には「トトメス1世による破壊」ではなく、「征服後に解体され、やがて放棄された」という過程こそが、現在の考古学研究で最も有力視されているのです。