古代の歴史

ビテュニア・ポントスは今日どこにあるのか?古代ローマ属州と現代トルコの対応関係を解説

ビテュニア・ポントスとはどんな地域?

ビテュニア(Bithynia)とポントス(Pontus)は、現在のトルコ北西部、アナトリア半島の黒海沿岸に広がっていた二つの歴史的地域です。ビテュニアは西側(マルマラ海やボスポラス海峡に近い側)に、ポントスはその東側に位置していました。

紀元前1世紀、ローマ帝国はこの両地域を併合し、「ビテュニア・ポントス属州(Provincia Bithynia et Pontus)」として一つの行政単位に統合しました。この属州には、当時重要な都市であったニコメディア(現在のイズミット)やニカイア(現在のイズニク)が含まれ、ローマ時代を通じて栄えました。

現在の行政区分ではどの県にあたる?

かつてのビテュニア・ポントスの領域は、今日のトルコでは主に以下の県(イル)に含まれています。

  • コジャエリ県(Kocaeli)
  • サカリヤ県(Sakarya)
  • デュズジェ県(Düzce)
  • ゾングルダク県(Zonguldak)
  • バルトゥン県(Bartın)
  • カラビュック県(Karabük)
  • カスタモヌ県(Kastamonu)

また、定義の仕方によっては、ブルサ県(Bursa)、ボル県(Bolu)、チャンクル県(Çankırı)、シノプ県(Sinop)などの一部も、この古代地域の範囲に含めて考えられることがあります。

まとめ

「ビテュニア・ポントス」という古代の地名は、現在の行政区分としては使われていませんが、その領域はトルコ共和国の黒海沿岸からマルマラ地方にかけての複数の県へと受け継がれています。古代都市の遺の遺跡や歴史的な街道は今も各地に残されており、この地域がローマ帝国の時代から重要な役割を担ってきたことを物語っています。