2017年7月、米国の大手工芸品チェーン「ホビーロビー(Hobby Lobby)」が取得した古代美術品・遺物の中から、米政府はイラクから違法に持ち出された楔形文字粘土板450点を押収しました。
約4000年前の行政文書と魔術文書
これらの粘土板は約4000年前のもので、大部分は紀元前2100年から紀元前1600年の間に作られたものです。内容は主に行政文書、契約書、商品や物品の目録といった実務的なものですが、中には魔術的な呪文や祈願文を記した板も含まれ、さらに新バビロニア期の二言語併記による宗教文書まで確認されています。
粘土板はすべて2022年5月2日にイラクへ返還されました。ただし、より綿密な学術調査を行う時間も与えられないまま性急に返還されたことを惜しむ研究者もいるといいます。

正体不明の古代都市「イリサグリグ」
しかし、最も驚くべき点は、これらの粘土板がすべて古代都市イリサグリグ(Irisagrig)から出土したとみられることです。この都市は古代の文献資料にはたびたび登場するものの、正確な位置が特定されていないため、これまで一度も発掘や現地調査が行われたことがありません。
スペイン高等科学研究評議会(CSIC)のマヌエル・モリナ教授によれば、イリサグリグの所在地については現在でも研究者の間で激しい議論が続いており、近年になって同都市由来とみられる楔形文字粘土板が市場に現れたのは、今回が初めてではありません。
収集家スティーブ・グリーンとホビーロビーをめぐる疑惑
ホビーロビーのオーナーであるスティーブ・グリーン(Steve Green)は古美術品収集家として知られ、死海文書の写本数点を含む4万点を超えるコレクションを所有しています。ただし、その死海文書の一部については偽造の疑いが持たれています。

押収された楔形文字粘土板は、アラブ首長国連邦(UAE)の売り手からの品であるかのように、「タイル見本」あるいは「セラミックタイル」というラベルを貼られ、米国に持ち込まれていました。
出典
米国検事局 / Motherboard / “On the Location of Irisagrig”, in S. Garfinkle – M. Molina (eds.), The Present and Future of Neo-Sumerian Studies: From the 21st Century BC to the 21st Century AD. Proceedings of the International Conference on Neo-Sumerian Studies Held in Madrid, July 22-24, 2010, Winona Lake 2013, pp. 59-87.